朦朧新聞記者、木村幹郎

  『日本及日本人』昭和5年1月15日 、通巻193号に五十公野清一の「創作 猶太禍」といふのがある。題字では五十公野清だが目次の五十公野清一が正しいだらう。主人公、木村幹郎の職業が異色だ。朦朧新聞の記者をしてゐる。朦朧新聞については説明がある。

 東京市には(略)旬刊、週刊、日刊の怪しげな新聞社が無慮一千近くも存在する。その一千近くの怪しげな新聞は、帝都の諸官省、諸会社、諸銀行の不正や欠陥を曝いたり、それ等諸会社の幹部級の人たちの私的行為を曝いたりして、過大の広告料を強請り、又は宣伝を勤めて生活の料を稼いでゐるのであるが、その社会の記者たちは自分の生活的立場の怪しげな存在を内省して、自ら『朦朧新聞記者』と自称してゐるのである。木村幹郎もその一人だつたのである。

  東京には有名な新聞の下に三流新聞があり、さらにその下に怪しげな新聞がある。その数は1000近くにも上るといふ。スキャンダルを暴いたりして広告料を巻き上げるのが仕事。

 以前には朦朧車夫といふのがゐて、人力車の車夫がうろうろして強引な客引きをしてゐた。似たやうなのが新聞社の社員にもゐて、朦朧新聞、朦朧記者などといはれた。もうろう、モーローの表記もあった。

 朦朧新聞の記者、木村が訪問したのが映画会社社長の永住千助。急に羽振りがよくなったので目を付けられた。

「是非一つ、社長の御名刺を頂きたいものですが?」と声をかけると「ハヽア、広告料だね。」と、すぐに話が通じた。同様の記者が多くて珍しくもないらしい。外出間際に受け取った紙幣の中に、見慣れない紙切れがまじってゐた。

 茶色い紙には籠目のマークと、ヘブライ語らしい文字、礼拝の期日と案内が記してある。この謎を解かうと訪ねたのが表神保町の古本屋の主人。古典や宗教文献に詳しい知り合ひだといふ。主人は、マークが猶太運動のものであることだけでなく、猶太の歴史についても数ページかけて語ってくれる。神保町の古本屋の主人は博覧強記だ。

 この創作は、朦朧新聞の記者が古本屋の助けを借りて、猶太の謎に迫るといふものだったのだ。てんこ盛りだ。大好きなものだけのお弁当を食べる気分だ。この号掲載分の全6章のうち、ここまでが第1章。

 この後も猶太に関する会話が展開される。登場人物の一人、ミルラン氏が語る人類団結運動の講釈は予言めく。

 「…現在では民族団結、人類団結の時代である、細菌と人類の生存競争時代に在る、とこう云ふのです。(略)辛うじて科学力で彼等細菌を抑制してゐる状態ですが、いつ細菌に撲滅されるかわからない、と危憂されてゐます。常に、進歩した生物が原始生物に撲滅されて、進化の道程が辿られたと云ふ事は蔽ふべからざる生物史の現実問題ですものねえ。…」

  人類は細菌のやうな原始生物に撲滅されることで、進化するのだといふ。

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