2013-06-01から1ヶ月間の記事一覧

A・M・ナイル「四人の間の友情は絶対に変わらない」

日本にやってきたインド人としては、頭山邸からの救出劇が都人士の話題となった中村屋のビハリ・ボースばかりが有名だが、その影に隠れてしまったインド人がゐた。『知られざるインド独立闘争[A・M・ナイル回想録]』はもっと読まれてよい。ナイルは銀座のイ…

式場隆三郎「神経衰弱は敵性病である」

『政界往来』の昭和18年11月号読む。p63に式場隆三郎が「神経病を嗤ふ」を書いてゐる。短いものだが、なかなか意表を突くことを書いてゐる。冒頭から、 戦争と精神病、神経病の問題は世人の予想に反してゐる。私は逢ふ人ごとに戦争になつて狂人が激増…

大竹貫一「今後米英を呼ぶに必ずデビル米英と呼称すべき」

『謇々清議』といふ本があったので開いてみると、頭山翁が竹でできた、もっこのやうな駕籠に座ってゐる写真が載ってゐた。同じく別の駕籠に収まるのが大竹貫一、二人の間で立ってゐるのが洋装の川島浪速。 これは昭和17年10月3日、川島の招きで三老が会…

勲章貰った政治ブローカー、茂木久平

『日本及日本人』昭和42年8月発行の盛夏号に載ってゐるのが茂木久平の随筆「ナショナリスト」。肩書きは国際善隣倶楽部評議員。大正15年、東京市会議員選挙当選を祝って高畠素之から送られた手紙に「旧知だけでも祝賀会を催したいと思ふ、此際知識ゴロの後…

志賀直哉が出会った、下位春吉の教へ子

『志賀直哉全集』の中に、一か所だけ下位春吉が出てくる。読んでみたら素敵に面白い。 第20巻、昭和27年6月16日の手紙より。 旅では色々面白い事がある。ナポリの宿で出会つた米国人のガイドは下位春吉に日本語を習つたと却々よく話し、歌だの俳句など暗記自…

ポール・リシャール慰霊祭の参列者たち

椋木瑳磨太著『雲烟の彼方』は平成12年12月発行。出版社等の記載はなし。印刷はぎょうせい。函。 著者は拓殖大学理事長を務めたが、内調直属の財団法人世界政経調査会勤務の経歴もある。 種々の文章を集めたもの。特に解説などはないので、いろいろ付き…