葉山青城の本を古本屋に売ったy氏

 刑政特別号『人』は刑務協会発行、昭和24年4月発行。刑務所や犯罪などの随筆、小説などが寄稿されてゐる。その中に加藤武雄「y氏の盗み」がある。読んでみると、出版社の社員が会社の本を盗んで、古本屋に売って飲み代にする話だった。昔の話といふ設定。

 s社では文学志望者に『文章講義録』を発行し、y氏は投稿文の添削担当だった。小栗風葉門下で、尾崎紅葉に倣って翠葉と呼ばれてゐた。同門の後輩が葉山青城で、その本がよく売れてゐる。新刊は会社の部屋に山積みになってゐる。y氏は面白くない。

 この葉山、小説の描写からは真山青果のもぢりだと考へられる。筆者の加藤は当時有名な大衆小説家。加藤も真山を羨んだりしたのだらうか。

 部屋の中から少しづつなくなってゆく葉山の新刊。しかし書店に配送されるものもあるので、すぐにはy氏の犯行と気づかれない。そのうち、社員の一人が古本屋で、その新刊がいくつも並んでゐるのを見つけて不審に思った。ほかの店でも同様だった。店主に聞き取りをして、犯人を探すと…といふ流れになってゐる。

 後輩が出世したy氏の憤り、素人投稿の添削に甘んじてゐるy氏の鬱屈が犯行につながるさまがよく描かれてゐる。しかし最後にy氏は不問に付されてゐて、掲載誌の性格からしてもそれでよかったのだらうかと疑問に思ってしまった。

 

 

・池田知隆『謀略の影法師 日中国交正常化の黒幕・小日向白朗の生涯』(宝島社)。読む。今月出たもの。満州馬賊として名を馳せた小日向白朗。第1章はいはばおさらひで、馬賊時代の小日向を振り返る。南京刑務所に収容された際、助かったのは日本人としてなのか、中国人としてだったのかが検討されてゐる。2章がいはば本編で、戦後にも日本の政治に深く関はったことが描かれる。これまで明らかにされなかったことで、竹島問題、日中国交正常化の陰には小日向がゐたらしい。有名な政治家や右翼も多数登場し驚く。

 次の章の、小日向が中国に残した妻子の戦後史も波瀾万丈。戦前と現在がつながってゐることを再認識させられる。最後まで面白い。

 文章はわかりやすく、「馬賊とは~」「国共合作とは~」などと用語解説があるので、この手の本になじみのない人でも読み進められる。著者には『読書と教育 戦中派ライブラリアン・棚町知彌の軌跡』もある。棚町は思想検事の子で読書運動に努めた。これも良かった。