淡路圓治郎の活字中毒症症例報告

  淡路圓治郎は歴とした心理学者で専門書もあるけれども、随筆にもその才を発揮した。
 『漫筆 落書帖』(中央公論社、昭和15年1月)には、ある男の活字中毒の症状が綴られてゐる。

むつくりと朝の床を蹴つてから、ぐつたりと夜の床にのめり込むまで、四六時中、絶えず読み物に眼を曝して、一心不乱、読み切れのせぬように、をさをさ注意を怠らない。日日新聞は毎朝厠のお伴をする。飯を食ひながら週間[刊]朝日やサンデー毎日を眺める。煙草のお相手は中央公論文藝春秋が勤める。勉強の合間をば新刊小説やら随筆集やらで慰める。実験室の戸棚には俳句集や紀行文集が並んでゐる。手提げ鞄の中にも、岩波新書だとか改造文庫だとかが入つてゐて、会議を待つ間の暇つぶしやら、電車の内での徒然などを救つて呉れる。枕許へは手当り次第に、いろんな書物を積み上げることは既に述べた通りであつて、強ひて何も読まない場合を探せば、湯に入つてゐる時位のものではないかと思はれる。

矯激な字句を列ねた右翼団体の立看板を眺めては、こんな宣伝費は一体誰の懐から出てゐることかと疑ぐつたり、まぐろデー三個拾銭といふ鮨屋の貼札やら、特製みつ豆大勉強と書いたお汁粉屋の旗幟りやらを仰いでは、おやつの時間に気がついたりする有様であつて、辛うじて欝を散じてゐる。

書物を離れた私は、きまつて禁断症状を露呈して、水からあがつた鮒も同然、途端に腑抜けてヘナつき始め、とんと生き甲斐を覚えなくなるのである。

 嗚呼何と恐ろしき病であるか。次のやうなこともいふ。

読み物をさへあてがつて置けば、至極機嫌よく遊んでゐて、世話を焼かせないのであるから、酒癖の悪いアル中患者などよりは、多少はましかも知れないのである。

 何のことはない、これは淡路自身のこと。心理学者なので自分を客観的に見ることができたのかもしれない。
 蔵書や探書のくだりも詳しい。

散歩と云へば、神田の古本屋街にきまつてゐて、軒並みにうそうそと徘徊して、たまに掘出し物でもすることか、なけなしの巾着の底をはたいては、役にも立たぬがらくた本を背負ひ込んで、不断の煙草銭にも不自由をする有様であるが、自分の不如意は自業自得としても、時々細君が友達をつかまへて、女道楽よりはましだと思つて諦めてはゐますけれど、あの子煩悩が本を買ひ込んで来た晩だけは、ものをも云はず書斎に閉ぢ籠つて

 云々ととどまる所を知らない。
 詳述できるやうな自覚症状でも、終ぞ対処法は書いてない。
 心理学者でさへかうなのだ。いはんや××においてをや。