比田秋子「ヅカガールを九人だけ私に下さいませんか」

 『小説世界』は小説世界社発行、昭和24年12月号は第2巻第12号。その中に「花(はな)の刃(やいば)」といふ文章が載ってゐる。比田秋子著、納富進絵。表紙では「米将暗殺を命ぜられた私の告白」。本文の見出しには「暗殺乙女隊の顛末」ともある。リードがわかりやすい。

本土に上陸して来る十人の米将を、宝塚ガールを動員して、女の手で暗殺することを、陸軍大臣から命ぜられた女性が描く告白小説!

 秋子はイタリア人のロベルトと交際してゐる。彼とはヒトラー・ユーゲントが来日した際、日独伊の交歓会で知り合った。ロベルトは古美術の愛好家で、曼陀羅の研究をしてゐる。ある日、二人でゐたところ声をかけられ、秋子は特高の取り調べを受けた。ロベルトは同盟国の国民とはいへ外国人。戦争中は警戒される必要がないとは言ひ切れない観察対象らしい。それで秋子も関係を調べられた。秋子は弁当を平らげたり、案内された部屋で熟睡したりと、大物ぶりを発揮する。

 しばらくしてから憲兵隊の隊長に会った秋子は、重大な任務を依頼される。陸軍大臣の指示により女性の暗殺隊を組織し、米軍将校を10人暗殺してほしいのだといふ。

「…敵地に如何にして乗り込むかは貴女の自由だ。十人の人を、次々に暗殺して頂く。その方法も自由だ。…出来れば十人を、こちらの指名の通り暗殺して、どうぞ、無事に、無事で帰つて頂きたい、無事に!無事に!」

 秋子は仲間をつくるため、小林一三のもとを訪ねた。宝塚ガールを貸してもらふためだ。

「…貴方の御大事な娘さんたち、ヅカガールを九人だけ私に下さいませんか。あのひと達は美しい。そして日頃の訓練で、実に洗練されてゐます。あの人達以外に、いま私考へられませんのでね。…」

 小林一三の返事は。暗殺計画はどうなったのか。その顛末が描かれる。俄かには信じられない話で、リードでは告白小説となってゐて小説、つまり作り話のやう。しかし目次には「特別読物」となってゐる。編集後記には、

北崎、比田二氏の二編、何れもこんな事実があつたのかと読者を驚かせる事のみと思ひます。

 と記してゐる。北崎といふのは北崎学で、毎日新聞記者で元牡丹江支局長。その「ソ連軍進駐の日」は小説ではなくノンフィクションだ。編集後記では2編を事実扱ひにして、内容に自信を示してゐる。

 それにしても暗殺の方法や手段は秋子任せ。仲間づくりの交渉も秋子がやってゐる。戦争末期で非常の手段しかなかったのかもしれないが、無茶振り過ぎる気がする。