成瀬文学博士「火星とは何処か外国の町の名前ですか」

 暖かくなってきた。

 『衛生新報』の明治41年5月号は通巻81号。衛生新報社発行。「男子罵倒論」の黒光女史は相馬黒光だらうか。青柳有美に反論してゐる。もしも現在の男性と女性の立場を入れ替へたならば、女は男以上の好成績を収めるに違ひない、と自信を見せる。女が男に対してイエスともノーともいはない鰻主義でのらりくらりと立場を曖昧にしてゐると、男は泣いたり笑ったりと悲喜劇を演じる。見物してゐると、この世にこれほど痛快なものはない、と男をからかってゐる。

 両冠人の小説「火星の結婚」は火星小説、精神病小説における傑作といっていい名文。目次では雨冠人。

  成瀬文学博士は旧友の天谷医学博士を訪ねるため京都に向かった。天谷博士は京都で精神病院を経営してゐる。

 新橋から汽車に乗って、買った夕刊も読み終へて退屈してしまった。自分のすぐ向かふの席には50ぐらゐの老婦人と20歳前後の淑女が座ってゐる。心配さうに話し込んでゐるのに耳を傾けると、どうやら娘の許婚者が危篤だといふ電報を受けて駆けつけてゐるところだが、助かる望みは薄いやうだ。自分は楽しい旅行なのに気の毒なことだ、と同情する成瀬博士。 

 京都で天谷博士の歓待を受けた成瀬博士は、自慢の設備の病院を見学してゆけといはれる。院内を一周して天谷博士と話をしてゐると、患者が急変したといふ知らせが来て、天谷博士は出ていってしまった。なかなか帰ってこない。室内には、ほかに熱心に事務を執ってゐる書記一人しかゐない。「よほど前からこの病院の書記をしておいでですか」と尋ねた。

『然うです、丁度一年になります、私が火星から帰つて来ると、直ぐ此の書記をやりましたから』と答えて、異様に煌めく眼光で成瀬博士を見詰たが、其の顔は色蒼めた痩せた面容である。

 成瀬博士は此の書記の異様な答を怪しんで再び尋ねた『火星から?、火星とは何処か外国の町の名前ですか』

 成瀬博士が方向違ひの質問をするのも無理はない。しかし火星といへばあの、宇宙にある惑星のことに他ならない。書記は3年前に肉体は死んだが霊魂は火星に飛んで行き、それから去年帰ってきたのだといふ。火星はこの地球とさほど違ったところはない、しかしただ一つ大きく違ふところがある。詳細は割愛するが、書記は火星での人生の特色を滔々と説明してくれた。そのうちに火星と地球の違ひを再認識し、地球の方がをかしいと言ひ出した。

『…これを火星界の人生に比べるに、此の地球の人生は宛然(まるで)狂人のやうです、然う狂人です!、確かに狂人です!!』

 火星から帰ってきたと自称する書記は、ナイフを持って成瀬博士に襲ひかかる。危ふし、成瀬博士!!

 詳細は割愛するが、この小説はハッピーエンドの大団円で終結する。一時はどうなることかと思ったけれど、成瀬博士は無事なのだ。万歳、万歳、万々歳。外には桜も咲いてゐる。心もぽかぽか温かい。

 

 

・『めぐろかんこう大百科 ダイジェスト版』は奥付なしの冊子。一般社団法人めぐろ観光まちづくり協会発行。表紙にゆるきゃらのやうなのが7組描かれてゐる。彼らはmeguroレジェンダーズ。目黒の寺社の伝説から生まれた。くろにおう、きりん、とろけじぞう、ばくおう、おしろいじぞう、きしもじん、アカガシの巨大な株。…なぜ全員に名前をつけてあげないのか。ばくおうは全部で9つの目があり、白澤ともよばれてゐる。とろけじぞうが一番キャラが立ってゐる。アニメ化され、有名声優が声を当ててゐる。

 冊子には四コマ漫画、ぬり絵、クロスワード、まちがひさがしがあって、子供も楽しめる。大半は目黒の社寺や観光地の紹介になってゐる。地図があるともっとよかった。