城戸元亮「今や、日本人は、闇の世界の住人になつている」

 『食糧危機打開の秘鍵=残された最後の一手=』は昭和22年10月20日発行の小冊子。一体生活社叢書の第一冊として刊行された。 
 日比谷公園音楽堂で同年7月26日に開催された食糧危機打開大会の講演記録。 
 戦争が終っても、食糧問題は解決せず、餓死者も出た。庶民は闇で食糧を得なければ生きてゆけなかった。その解決のためには、統制も配給もやめて、闇をなくす。闇の食糧で生きるのは道義的にもよくないと主張してゐる。
 毎日新聞の城戸元亮は

八千万国民を挙げて、今や、日本人は、闇の世界の住人になつている。その内の半数は、闇を売るものであり、残りの半数は、闇を買うものである。

 山岡荘八

若し配給量だけで生活しようと考へた正義感の強い人があつたとしたら、その人はすでに間違ひなく「故人―」になつてゐられる筈で、今日生きてゐるといふ事は、大臣議員諸公はもとより、ヤミを取締る当事者もこれを裁く人々も決して配給量では生活してゐなかつたしるしであります。

 長谷川伸

私と雖、ヤミと絶縁してゐない。戦時中、私はヤミと対抗して栄養を失調し、足腰が立たなくなつた経験があるので、ヤミと絶縁して栄養失調死を遂げたいといふテーマなど有てない。

といふ。
 統制をやめると食糧が足りなくなるといふ意見には、米麦を主食として絶対視せず料理する「一元的調理法」を提案したのが藤田玖平。天候に左右される米に頼るのは非科学的だといふ。自由流通、自由商売こそ「あるべき自然な姿」で、一時的に混乱しても、次第に落ち着くと見てゐる。
 
 発行所の一体生活社といふのがよく分からない。城戸は同社の社友、山岡は室友、長谷川は参務、藤田は預務長になってゐる。発行所と藤田の住所が同じ港区麻布笄町一五九なので、藤田が代表者らしい。発行者は小田原の宮崎五郎。
 附録の「一体生活社とは何か」で、設立の目的や主張を記してゐる。

政治・経済・文化の面に於ても、社会的・家庭的面に於ても、ひたすら、「あるべき自然の姿、「大自然の心」のよりよく現はれんことを祈る。政治は「あるべき自然の姿」へのよき幇助者であり、ガイドであり、これを助け起すための菩薩行でなければならぬ。人為・権力もて、これをゆがめ、もしくは逆行するを厭ふ。

一体生活社の社会は、封建的人々からは封建的存在の如くに、資本主義陣営からは資本主義の如くに、協同組合主義・全体主義社会主義乃至共産主義者からも不思議に、それぞれ自分等と同じものの如くに見えるものらしく、ともすれば無政府主義者にさへそれと同一の如くに見えるらしい。が、実証はそのいづれでもなく別な社会である。

 歴史上の主義主張の何れにも当て嵌まるやうだが決してさうではない。独立の存在だといふ。山岡と長谷川、二人の大衆小説家は、道義を重んじ「あるべき自然な姿」を追求する主張に共感したやうだ。