柳家金語樓の新作落語「鋏の音」

 『時局と人物』は時局と人物社発行、第百書房発売。2巻1号は昭和14年1月発行。表紙のイラストは洋装の婦人。裏表紙の広告がいい。第百書房発行のユーモア小説三人集のもの。兵隊さんは戦地に長く居るので、顔がひげだらけ。その顔で白い歯を見せて笑ってゐる。滑稽百出、爆笑の雨だといふこの本を読んだのだらう。第百書房と今日の問題社は一体のやうで、他の書籍広告は今日の問題社のもの。

 本文では北村小松が「現代小説 電影女王」を書いてゐる。画は筒井直衛。上海の銀幕の女王、葉琴芳を主人公にしたもので、冒頭で意味ありげな紙片を渡されたり、新聞記者が噂し合って「誰だつて一度は夢中(クレーヂイ)になつてしまふぞ!」と言ったりと、盛り上げ方が巧みだ。

 他にも柳屋金語樓が「新作落語 鋏の音」を書いてゐる。床屋の親子を描いたもので、時局下の特色をよく捉へてゐる。この日は定休日で、衛戍病院に傷病兵の散髪に出かけることにし、職人や小僧たちは休ませてゐる。ところが、一緒に出掛ける筈の息子の亮一がゐない。酔っぱらって帰ってきたところを問ひ詰めると、出征する友人と飲んでゐたのだといふ。そんなことでバリカンが持てるか、と水をかけて酔ひを醒まさうとする父。しかし母は息子をかばって反論する。

『貴方だつて、若い時には、散々呑んで私を困らせたくせに』

『何んだと、この便衣隊、敗残兵、国賊!』

『何が国賊です!』

 兵士が軍服を一般人の服に着替へて偽装したのが便衣隊。スパイの同類として、このやうに罵倒したのだらう。母が息子をかばったのは、ただ可哀さうだったからだけではない。もし風邪を引いて病気にでもなったらどうするのか。「それこそ、日本の為に働く兵隊さんを一人へらす様なもんです」。いったいどちらが国賊か、といふことだらう。父と息子と母、それぞれに言ひ分があるところが面白い。出征といふ、当時の庶民に身近で切実な問題を上手に落語に昇華してゐる。