『実話雑誌』の昭和28年11月号を見てゐたら、堀川辰吉郎が出てゐた。『日本週報』の記事よりも早い。
「四十人の妻を持つ男」で、藪内忠三筆。表題の通り、世界各国に妻を持ってゐるといふことが描かれてゐる。読み物風で、ご落胤といふことや国粋会出身といふことには触れられてゐない。
招かれてはゐないが講和条約の調印式に際し渡米、サンフランシスコにやってきたのだといふ。ルーズベルト夫人と一緒の写真もある。
広東からやってきた曾辰張といふ少年の来訪を受ける。「もしや、私の父ではないかと思つて訪ねて来たのです」。堀川は最初いぶかしんでゐたが、次第に「確かに覚えがある」などと言って、感動の対面となる。
いつもたいていどこかのホテルにゐて、筆者も「彼ほど各地でホテル生活をつづけて来たものは少ないであろう」と注釈する。
筆者の薮内が「南の島々でも、足跡をあまねく残してきたことでしよう?」と問ふと、堀川が答へる。
「ご念には及ばない。巡礼が蒐印するように立派にスタンプを押して来ましたわい」
いたるところで、スタンプを押して来る。どういう量見であろう。
「ナニ、それは世界の隅々に、この身につながる糸を残してくることによつて、やがてはその糸が、つながつて、世界平和の基礎になるかも知れないからだ」
「そんなことをしていて、道徳的責任を感じやしないか?」
「バカな。彼らを不幸に陥れなければ、若い芽はそれぞれの風土に育つものだ。思い煩らうのは愚の極みだよ」
各地に子供を作ってきたことを、「スタンプを押してきた」と表現してゐる。
中国で革命に参加したり紅卍教団と交渉したりするが、浪人を自任してゐるので表には立たないで、縁の下の力持ちに徹するのだといふ。
別荘は熱海東山で、本宅は九段に近い富士見町。
妻は40人ぐらゐで、家族を集めて大園遊会を開くのが夢だといふ。「想像しても愉快でたまらん」。
すべて、世界をマタにかけて活躍してゐることに焦点が当てられる。紋付の裏地一杯に、世界各国の名士のサインが縦横に書かれてゐたさうだ。
・白蓮を出家させたのは頭山翁の盟友、田中舎身なのだけれどいつ登場するのか。