ある不成功者の自伝

 『生きてきた』(山本敏雄、南北社、昭和39年11月)は地味な本だが内容は頗る濃い。山本は本名の山本虎三時代にアナーキストとして名を馳せ、文学史には平林たい子の夫として記録されてゐる。夫妻であったのは確かだけれども、山本の人生の一部でしかない。その他の山本は中小の出版社と数十数百の人物に関係した。

 特徴はその緻密さで、普通は省略するであらう短期間の話や薄い縁も漏らさず記録してゐて、網の目のやうになってゐる。帯は

ある不成功者の自伝
明治に生まれ、大正、昭和の激動期に狂熱的な青春を生き、ついに志を得なかった、若年の作家平林たい子の夫である著者六十年の回想録。ギリギリまでに過去の恥部をさらけ出した格調高い永遠の青春譜である。

読売新聞社 島上源四郎
 不遇にめげぬ、不屈な生活態度に感心させられます。そのくらしの中に、誠実の筋が撮っているので好感と信頼がもてます。

出版ニュース社 松本昇
 大正末期から昭和の初期にかけての、若き日の思想的遍歴した青年群像の人間的な裏面に多大の興味がありました。ことに平林たい子登場の前後が面白かった。実名ということが特に光っています。

北日本新聞社 北村楊村
 誇張も修飾もない。ありのままの叙述に好感がもてる。

玉塚証券 松本 豊
 大正という時代の、一見、表面は平凡ながら底流は激しく変転している社会相が、体験を通じて描写されていることに深い感銘を覚えます。


 たとへば伊東ハンニ。国民新聞論説部長池田林儀の紹介で会ひ、詐欺の前科十年を過ぎた頃に自伝をかいてもらはうとしてかなはなかった。銀座のダンスホール川島芳子と踊ってゐるところはみかけた。「近年老いたる伊東ハンニが、落魄の姿を晒しながら、悄然と歩いているのに屡逢うが、私は思わず目をそむけたくなる」

 こんな調子で有名無名人が出てきて興深い。