谷口雅春「余りにひどい」

 『これが眞相である 新聞の「斬り捨て御免」式偏向記事の暴力に抗議する』は谷口雅春著、国民総自覚運動本部発行、昭和36年2月25日発行の非売品小冊子。32ページ。これは表紙の表記で、扉は「~真相~」、奥付は『これが眞相だ』。表紙裏は日の丸擁護会結成趣旨、裏表紙裏は日の丸擁護会基本綱領と暫定規約要旨。
 深沢七郎が『中央公論』昭和35年12月号で発表した作品「風流夢譚」に、皇室を冒瀆する描写があったことで物議を醸した。36年2月1日、17歳の小森一孝は中央公論社長の嶋中鵬二邸に侵入し雅子夫人を刺傷し、家政婦を刺殺した。小森は大日本愛国党で活動してゐたが事件当日の朝に脱党の手紙を残してゐる。小森が谷口の著書を読んでゐたと複数の新聞で報道された。この小冊子は谷口による新聞記事への反論をまとめたもの。
 大阪毎日新聞は2月8日付の宗教欄で、木場集三の署名記事を掲載した。その「嶋中事件の一つの柱」には「山口、小森両少年が谷口雅春氏の愛読者であったことは、注目してよいと思う」などと、社会党浅沼稲次郎を暗殺した山口二矢と共に小森の名を挙げ、谷口の影響力を誰も指摘しないのは「不可解である」と記した。

 木場集三という大毎記者は随分出鱈目を書いたものであって、常識もないらしいが、勉強も足りないで、事実の誤った聞きかじりで記事を書いて名を出そうとしている。

 記事には谷口が「神道を国教にせよ」と主張したとあるが、生長の家では万教帰一を説き、祖先伝来の宗教はそのままでよいと教へてゐる。神道を「押しつける」やうなことはないと反論する。
 谷口が「余りにひどい」と憤慨するのは超宗派の宗教専門新聞。その2月9日付の紙面に道家弘宗による「右翼少年の温床」と題した文章が掲載された。

彼は谷口雅春氏の「天皇絶対論」を読み、傾倒していたことを指摘せねばならぬ。彼は、この文章に文句なく酔わされたのである。

 道家は小森が『天皇絶対論』に感化されたのだといふ。愛国党も生長の家の隠れミノで、谷口総裁の下で右翼化した青年部隊が事件の温床だと指摘する。谷口「これは驚くべき暴言の掲載である」。この新聞は善悪混淆で何でも載せる雑誌的な性格があるとはいへ、編輯者に良識があればこんな投書は没にするはずだ、と報道の体質から批判する。記者は週に1、2度は総本部に来て生長の家のことも知ってゐる。「風流夢譚」の小説を掲載した中央公論社同様、掲載する会社には責任が伴ふのだと論じる。『天皇絶対論』の小森への影響についても、疑問を呈する。正しい書名は『天皇絶対論とその影響』といふ。

 あの本が「日本愛国党」の書棚にあって、その党首から、その一部を読むように勧められて、一部を読んだだけで、あの書の全部の意味を知るほど愛読しないで、内容をそれこそ曲解していたかも知れないのである。(略)これは発禁の書だから、古本屋にも何処にもあったら押収されていた筈で、そんなに何処にも無い本であるから、小森少年が常に携帯して愛読できるとは思われないのである。

 小森少年が本当にあの本を愛読してゐたのかどうか疑はしい、そもそも発禁本で、普通は手に入らない貴重な本であることも疑念を深める。実際に愛読してゐた戦中の司令官は残虐行為を行はず、戦後の生長の家は中絶反対運動を展開してゐるといふ。生命尊重であり、暴力的なことは教へにないことが実証されると強調する。生長の家では、敵とか闘争といふ言葉さへ、争ひの元になるので使はない。愛と平和の運動なのだと訴へる。
 生長の家道家が指弾するやうに右翼少年の温床なのか。それとも谷口が標榜するやうに愛と平和の団体なのか。「風流夢譚」も『天皇絶対論とその影響』も読んだとされる小森少年。読むとはどういふことか。読まれることにどんな意味があるのか。小さな冊子はそのやうな問ひを突き付けてゐるのではないだらうか。