ハマグリで折口信夫の小説を釣らうとした石丸梧平

 『人生創造』は石丸梧平の個人雑誌。人生創造社発行。昭和13年3月号は通巻169号。「冬の夜の長談義」は石丸の近況の中に、折口信夫との交友の様子が描かれる。

 年末、折口に生蛤を一箱送った。めったに手紙を書かない折口だが、珍しく長い礼状が来て驚いた。その内容を紹介し、往時を回顧してゐる。折口の字は「あまり上手で」読めない字もあり、その箇所は「わからぬ字」として引用してゐる。文末の短歌も

友のゐし…ワカラヌ字…故家(フルヘ)見に行かむおしつまりたる年のしづけさ

 としてから、あれやこれやと読み返したらやっと読めたといふ。不明箇所は「無可志の」だと解読してゐる。

 石丸は宮武外骨の『不二新聞』の文芸欄を主宰してゐた。そこに折口の自伝的文章、「口笛」をもらって連載したことがある。こんど、石丸が小説を書くといふことを知った折口は「わたしも書きたいやうな気分、頻りにします」と応じてゐる。

私が小説を書くことによつていよいよ折口さんが書くとなると、日本の文化史上に、私は一つよいことをすることになる。それでは私は大に努力していよいよ書き初めることにしようか。(略)また蛤をあげるから、きつと小説をお書きなさい。

 折口は食ひしん坊で、石丸が珍しいところへ案内すると午前1時でもついてきたなどと懐かしんでゐる。折口の自画像と石丸の似顔絵も掲載されてゐる。四角い顔で口が曲がってゐる。