台風祓除会の山内崇啓教祖

 『週刊娯楽よみうり』(読売新聞社発行)昭和31年9月28日号には、面白い記事が2つある。

 1つは「二尺七寸の豪傑」。西南戦争に参加した井上新を取り上げたもの。出生は万延元年ではないかといふ。長兄はのちの海軍中将、井上良知とあり、これは井上良智のことだらう。良智の養子が井上清純。井上新の身長は2尺7寸とあるので82センチくらゐ。親友と並んで座ってゐる写真があるが、親子のやうに体格が違ふ。頭髪は薄く、黒々と口ひげを蓄へてゐる。西郷隆盛に直談判して従軍したこと、降伏して収容されたこと、のちに5尺5寸の「巨妻」と結婚したことなどがつづられてゐる。

 もう1つは「台風おはらい教 シーズン来で商売繁盛」。「台風予言、撃退もつかまつる」といふ看板を掲げた台風祓除(はらい)会総本部を取材したもの。山内崇啓(たかひろ)が教祖で、当時61歳。

 愛媛県生まれで金光教教会を経て東京都武蔵野市で天地教を開いたのが昭和21年2月11日。就寝中に霊感を得たことによる。25年に京都に移った。いつ現在の会名にしたのか判然としないが、天地教のときから台風の予言は百発百中。日本学士院も「準国家的価値あり」と特別会員に認可したといふ。予報の方法も解説されてゐて、自らをアンテナとして親指と人差し指で輪っかを作り、頭上において深呼吸をするのだといふ。予言は電報や電話で各地に伝達され、木材などの買ひ占めも指令。商魂も抜け目ないところを見せてゐる。

 信者は12万ゐて、自民党代議士や京大地震研究所教授、阪大天文学教室教授、各地の花街から支持されてゐる。山内によれば台風は人間感情の鬱積が具象化したもの。自身が台風のときに生まれたので「いわば台風の落し子、分身」。だから親である台風の気持ちが分かるのだと予言の秘密を明かしてゐる。写真は神主姿で、笏を持って歯を見せて笑ってゐる。

 

 

・『真武士道』は道義出版発行、星雲社発売。令和5年7月発行。背表紙は「国難にあって頭山満玄洋社精神の復活を目論む!」。主に有志・同志へのインタビューが載ってゐる。「憂国オピニオン誌」を謳ふ武骨な内容の合間に、編集者の軽やかな筆致がにじみ出てゐて不思議な魅力がある。「この歌最高!」「バンザ~イ!」など。「すべての人に受け入れられようということを目的にしていない」といふ割り切りが清々しい。