杉田直樹「大学の教授等は疲れない」

 『講演時報』第690輯は昭和18年4月下旬号、4月25日発行。時事通信社発行。名古屋帝大医学部教授、医学博士の杉田直樹「民族力と精神衛生」が活字になってゐる。

 精神医学と統計と偏見がない交ぜになった内容で、現代の価値観と隔たりが大きい。読むとただでさへ十分でない心身が更にふあふあする。

 杉田は言ふ。民族力を充実させるためには人口を増やさねばならない。その全人口が働けるわけではなく、病人もゐればその看護者も必要になる。健康な人でも定期的に休日が必要になる。すると、健康に働ける男といふのは1日当たり、全人口の4分の1から5分の1しかゐないといふ計算になる。

 日本人の平均寿命は46歳。体力と精神力を向上させ、少しでも有効に利用しなければならない。優生結婚、優生手術も奨励する。

 専門の精神病については、日本人は外国に比べて甚だ健全であるといふ。アルコール中毒は非常に少ない。変質者の数は大体20人に1人。ただ変質の意味が現代と違ってゐて、怠け者、呑んだくれ、興奮者、うそつき、ひねくれ者、天才、偉人など善悪両極端の人を含んでゐる。身体的にも背丈の高い者、低い者、これも変質の一種。絶世の美人、絶世の醜婦もそれぞれ20人に1人だといふ。これはどういふ基準の統計なのだらうか。「だからこの勘定で行きますと、十人並といふのは…十八人並といふくらゐにいはなければならぬと思ひます」(笑声)

 精神力を向上させるためにはどうすれば良いか。一つは休養で、過労は身体や神経に異常を来す。他には仕事に熟練すること。熟練すれば疲れない。「大学の教授等は…自分の好きなことばかりやつてをりますので、案外に身体にも疲れがなく丈夫で神経衰弱にもならない」。

 他人から見ると、数字を扱つたり、顕微鏡をのぞいたり、あんな細かいことを朝から晩までやつてをつて、さぞ疲れることだらうとお思ひになりませうが、案外に疲れません、…停年になつて官職はやめても、なほ十年くらゐは社会で働いてゐる。

 長寿のためには過労を予防し、食べ物に注意すること。杉田は松沢病院勤務時代に芦原将軍のことをよく見てゐた。87歳まで長生きしたその脳を解剖したところ、動脈硬化がなかった。これは病院の粗食のためだといふ。

 精神力については、アメリカには日本魂はないがアメリカ魂がある。しかしそれは崇高なものではなく、程度の低いものだとさげすんでゐる。

日本に負ければ将来自分等の享楽の機会がなくなるといはれたばかりでもアメリカ人は奮起する、その上に懸賞でもつけば物欲の力を現はす、

 小見出しの迷利犬(メリケン)といふのは杉田の講演には出てこないが、編集部でつけたのだらうか。

 精神力・民族力を強くするのは戦争に勝つためだが、杉田には更に大きな目標がある。

大東亜の建設のみならず、進んで全世界をもわが東亜民族の力によつて平安ならしめる時期の来らんことを願ひたい、本当に八紘一宇の精神を築き上げる意味において、われわれもまたわれわれの専門の立場から努めたい。

 編輯後記も杉田の講演に関連したもの。折しも政府では5月1日から10日まで健民運動として、皇国民族精神の高揚、結婚奨励、結核・性病の予防撲滅運動などを行ふ。これらをただの行事として終はらせてはいけない。杉田の講演を糧にして、健民運動の意義をあらしめたいと力を込める。