前田久吉「どちらが本家か分からなくなるものじゃ」

 『新聞裏街道をゆく』は船津重人、新聞展望社発行、平成21年3月発行。定価6000円。『新聞展望』の昭和27年4月から29年12月発行分の中から、記事を抜粋したもの。解説や注釈などはなし。

 新聞の拡張や経営に関する業界記事が多いが、興味深いものも拾へる。

 産業経済新聞の夕刊が東京に進出したころ、「一家揃って楽しく読める!産業経済新聞」の文句を刷った年賀郵便が届く宣伝などをした。週刊朝日サンデー毎日週刊読売に続いて週刊サンケイを創刊するときの前田久吉のあいさつもある。

「…諸君はなまじいの知恵を出して、新機軸を出そうなぞと考えてもろうては困る。さしずめ、週刊朝日なりサンデー毎日なりを買って来て、始めから終わりまで真似る。読者の八割方はなんとなくそうであれば、どれを買うてもええというやから、それで結構読者がつく。それに十年もやっておれば、どちらが本家か分からなくなるものじゃ」

 朝日や毎日を全部真似して作っても、読者は気にしない。10年も経てばどれが本家か分からなくなる、と豪語する。記事ではこのことを非難するでもなく、むしろ青二才からは出てこない商魂によるものだと感心してゐる。ある新聞が「新聞はみな同じではありません」をキャッチコピーにするのはもっとあとのこと。

 先述の「一家揃って楽しく読める!」といふフレーズは現代の新聞ではピンとこない当然のことだが、当時は当然ではなかった。一家揃って楽しく読めない新聞があった。

 夕刊の内外タイムスについて、土井局長が売れ行き好調の理由を語ってゐる。

「…わが内外タイは一戸に三部から多くて五部も読まれている。まあ、一家でオヤジが一部、年ごろのムスコが一部、ムスメが一部と各自に読んでいる」

 そしてそれぞれが家に持ち帰らずに途中で捨てたりしてゐる。普通の新聞は家族が読むこともある回覧・多読型だが、内タイは個読。

 なぜ持ち帰らないのかといふのはあからさまに書いてないが、「即売で何が売れるか?」といふ記事を併せて読むと推測できる。これは夕刊の即売でどの新聞が売れるのかを分析したもの。1位は東京新聞。2位が内タイで、高級エロ紙とされてゐる。

 ほかに毎夕新聞といふのもあり、「〝エロは毎夕〟の大社是の下に、獅子奮迅」。新聞の写真も載ってゐるが、一面には記事がなく、女性の裸しか載ってゐない。

 万朝報は尾津が肩入れしてゐるが芳しくない。夕刊の日東新聞については、別の記事で少しまとめられてゐる。アサヒ芸能の竹井博友が8年の準備期間を経て創刊したもの。「アメリカやソ連の宣伝紙ではなく」「日本民族の発展に寄与する」と独自色を打ち出してゐるが、1年持たずに休刊してゐる。

 

 


 ※最近の新聞業界で新しい動きといへば新聞ちぎり絵。新聞のカラー部分をちぎって絵にする。デジタルではなく紙が要るので、購読する必要がある。いろんな色を入手するため、大量の紙面を保存しなければならない。愛好家が自由にやってゐるのではなく、新聞社がスターターキットの販売をする段階になってゐる。たくさんちぎらう。