神様に魂を入れる男 

 不思議で素敵な記事を読んだ。

 『旅の友』は名古屋市の中部旅行協会発行。昭和6年2月号の第5年第2号に、「神様に魂を入れる話」が載ってゐる。筆者は目次では弓谷一郎、本文では弓谷一三。

 8月に伊豆の西海岸、土肥を訪れた筆者。農家に何日か滞在した。そこで出会ったのが60歳くらゐの男。

行商人でもあるやうな、大きな風呂敷包を脊に、茶の中折帽を被り、古い洋傘を杖にして、私の宿を訪れた男があつた。 

宿の人にはなれなれしい様子に行商人かと思つて居たら、おかみさんの話に彼は「神様に魂を入れに来た」のだと云ふ。

 

 部屋の隅にお宮があって、男はひと月前にそこにご神体を収めただけで帰っていった。魂はまだ入れてゐない。だから拝んでも役に立たない。魂を入れてから拝めばご利益がある。周辺の二、三軒にも同じやうに魂を入れるのだ、とおかみさんの説明。

 筆者が行者かなにかかと聞くと、さうではないといふ。何かを信仰したり、修行をしたりはしないといふことか。男の様子を見ても、宗教者らしい感じはない。

三度三度の食事を済ますと、ゴロリと横になつて、午睡もすれば仮寝もする起きて居れば煙草を吹かしては、何事か空想でもして居るのか黙々として火の気のない、居室の夏の炉辺にあぐらをかいて時を費す、

 6日たって、筆者から初めて声をかけてみると、男はこの商売について説明してくれた。

「…魂を入れるには先づ、空がよく晴れ渡つて、一片の雲もなく、而かも月のない星あかりの夜、丑満つ時に四辺に灯火のない時を見計つて、身体を清め、御祈祷をして魂をお迎へする…」

 少しも雲のない日など、ひと月に何日もない。それで何日も天候を見てゐたのだといふ。その日の11時、ついに魂を入れると宣言し、支度を始める…。

 男の説明によれば、埼玉出身で深川に信者?がゐる。西は熊本から北は弘前まで、全国を回ってゐるといふ。

 全国を巡って、神様に魂を入れる仕事。天気が条件に合はないときは、何日も無料で宿泊する。その間は特に何もしない。不思議で素敵な商売だ。

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