伊藤律暗殺仮装事件の浅沼龍三こと山本卯一

 『旋風』(白文社)は昭和24年2月号が第2巻第1号、通巻第7号。この号に「左右両翼を食ふ男 仮装暗殺事件の真相」が載ってゐる。

 前年9月、長崎県生まれの元炭坑夫、浅沼龍三こと山本卯一が伊藤律を暗殺しようとしたが翻意し、原宿署に自首したのだといふ。共産党は「政府のファシスト的政策と一連のつながりがある」などと発表した。

 山本は高崎市の救国立正党本部の経営する無料宿泊所「再起寮」に寝泊まりしてゐた。そこで立正党盟主の城越副司から

 

「わが党は一人一殺主義で日本共産党政治局員をやつつけるのだ。既に三名は先発している。君は伊藤律を殺せ」

 

 と短刀と現金千円を渡された。城越はほかの諸資料では塚越。

 ところがのちの取り調べなどでは、いろいろと事実が異なる。実際は山本の方から「自分も共産党は嫌いである…もう一度共産党の幹部をやっつけたい」と持ち掛けてゐた。短刀と千円は、山本が徳田球一襲撃の責めを負って自決するといふので城越が渡したのだといふ。党は反共団体を解散させるため、浅沼と事件をでっち上げたのだとされる。

 山本はもともと、浅沼隆三の仮名で熊本のキクハタ同志会に入会。会員の肩書で会社などから小遣ひを得てゐた。

刑務所を出てから検挙されるまでの彼の行状は嘘から嘘への連結であつた。けう共産党の門を叩いたかと思えば、あすは右翼陣営を訪れて、巧妙なウソをつき、金品を詐取していた。 

  彼の足跡は全国に及び、広島では芦田均を暗殺するといって共産党地区事務所を訪問、その費用として500円を得た。大阪では右翼を歴訪。徳田襲撃で追はれてゐるとして現金や食料をもらってゐる。

 その時々で右翼になったり左翼になったりして、暗殺対象の名前を入れ替えて話をして金品を騙し取ってゐる。