高野佐三郎・高野泰正共著『剣の気魄』を買った染谷常雄

 『剣の気魄』は高野佐三郎・高野泰正共著、協同公社出版部、昭和17年11月発行。手元のものは18年2月の再版。

 17年6月の序は高野靖斎とあるので、佐三郎のものとわかる。前年12月の開戦以来の戦果を特筆する。

日本天皇は世界人類の王者として君臨せんが為めの、悠遠なる正神界の御経綸の発動なのである(略)。

 歪める米英が世界の実権を捨て 日本天皇が新世界の建設を終る迄はこの世界戦争が終止しないのであります。

天皇が世界人類の上に君臨するための戦争なのだと確信してゐる。全8章のうち第5章が「剣道の極意」で、「剣道即神道」「神としての天皇」など、日本神話から説き起こして剣道の教学を論じてゐる。序にあるやうな世界統治者としての天皇観は、高野が自身で編み出したものではなささう。

隠れたる古神道霊学の権威、我が友清歓真先生の多年赤魔叫喚の中にあつて渇破せられたるところを記述して、「剣道は神道なり」の理を述べたいと思ひます。

 友清の霊学、神道論を引用してゐる。ギリシャやローマにも「神社マガイ」のものはあるがそれは残骸で、日本のやうに神話由来の神社が現在でも信仰されてゐるところが尊いのだ、と優劣を論じる。神秘自在の神々も天孫降臨ののちは普通人のやうに暮らすといふカミ観、頭山翁の「神武天皇以来、国民が命を捨てゝ働かなければならぬ時は今の時だ」といふ発言なども、友清に同じ文章がある。高野が友清に共感し傾倒したことがうかがはれる。

 なほ手元の本には最後に旧蔵者の書き込みが沢山ある。「剣道修業」「千葉県東葛飾群」などとともに、昭和19年5月11日に三好屋で求めたことが記される。このとき中学2年生だった染谷常雄はのちに東京大の名誉教授になってゐる。住所などからも同一人物だらう。書き込みはここだけで、本文にはない。染谷は多感な時期にこれを読んで、どんな感想を持ったのだらうか。