レーニンの神経痛治療に期待された中村春吉

 

 

  『愚連隊』は獅子文六著、角川書店、昭和32年1月発行。宮田重雄装幀。ほとんどが著者の身の回りに起こったことを描いた随筆集。全12編。帯に「横浜(ハマ)育ちの作者が…打ち出す会心の珠玉集」とあるが、横浜に関係するのははじめの2編のみ。獅子が移り住んだパリ、千葉、四国などでの出来事に材を取ってゐる。書名と同じ「愚連隊」は集団といふよりも、愚連隊にゐた少年の思ひ出。「ノゾキということ」はノゾキ容認論と体験談。ノゾキについて「実害を及ぼさない」などと言ってゐる。「榎稲荷と榎病院」は、婦人病に効くといふ榎稲荷と、そのそばの病院のこと。2つを宗教と科学に見立て、その優劣を観察する。

 読者の興味をそそり、惹き込むやうな筆致が巧みだ。「東條さん」は戦時中、千葉に疎開したときのこと。ご近所の男性の顔は、獅子夫妻が思はず顔を見合はせるほど、東條首相にそっくり。そして戦時下にもかかはらず生活に不自由もなく暮らしてゐる。しかし職業は教えてくれない。果たして「東條さん」は何者なのか?

 「巴里のレニン」は大正時代、パリ滞在中のこと。ある日、日本人物理学者のYの訪問を受ける。「君、中村春吉を知つとるだろう」と聞かれる。獅子は冒険小説の愛読者だったので、自転車の世界無銭旅行で有名な中村のことを知ってゐた。明記はないが、押川春浪の雑誌も愛読してゐただらう。Yは中村と連絡したがってゐた。

「…中村春吉という男は、氣合術の大家で、萬病を癒すというのだ。無論そんなことを僕は信じないがね。彼は、無銭旅行の途中で、そういうことを行つて旅費を稼いでいたらしいね。…」

 今、レーニンは神経痛で命の危険さへあるといふ。ぜひ中村の氣合術でレーニンを治療してほしいのだといふ。Yに中村捜索を依頼したX教授の心組みが素敵だ。「Xさんはマルキシズムと同様に、中村の氣合術を信じているのだよ」

 その後、飲みに出かけた獅子は2人の男に一室へと連れ去られる。

 そして腰かけている男と、眞正面になつて、ふと、その顔を見るとアツと驚いた。レニンなのである。寫眞で見覺えのロシヤ革命の父に相違ないのである。

「あ、レニンだ! レニンがいる!」

 レーニンを目の前にした獅子文六。読者は否応なくその後の展開に惹き込まれる。

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