『日米の運命』は渡邊貴知郎、大正14年2月、対米国民同志会出版部発行。渡邊は同会会長で前萬朝報言論記者。
言論記者といふのは馴染みがないが、論説委員のやうなものだらうか。黒岩周六社長の秘書的なことをしてゐた。その時は「天下の国士団体諸君に応接間に於て寄付金を手渡した」と、寄付金を渡す仕事をしてゐた。それが同志会の会長になってからは、富豪たちに援助を要求する側になった。
けれど私は主義として直接行動は絶対に避けます。朝日平吾とは成りません。彼等わからず屋富豪と命のつり換をするには、私は余りに自分が貴き前途に使命を持つて居ます。
同志会は日米両国の平和、大和魂の振興、奢侈頽蕩の悪風の絶滅を目的とした。賛助員には堤康次郎や田中舎身の名がみえる。
会では日米開戦論を戒め、国力の充実、国民外交の推進を説く。高崎などでの講演を収録したもので、講談のやうに面白く女子供でもわかるといふ。
著者の見るところ、会った人の7割が開戦論者。在郷軍人らの中には、
「…日本は宣戦布告と同時に、陸戦隊を布哇に上陸せしめ、それから船で更らに桑港に送り直ちに華盛頓、紐育を突けば、恰かも無人境を行くが如く一挙にして米全土を占領し…」
これを右からの開戦論とすれば、左からの開戦論もあった。日本が開戦すれば十中八九負ける、戦争に負けたロシアやドイツは革命などで政権が共産党や社会党に移った。
日米戦争は漸く吾々革命児の目的を達成する時代が来たんである。現在の一切の資本主義的帝国主義を顚覆する絶好議[機]会が到来したのである
とする過激主義団体の宣伝があるといふ。
渡邊は国力が充実しないうちは開戦すべきではないと主張。しかし愛国心は持ってゐた。スミス女史の飛行来日には敵愾心を露はにする。
スミス飛行士は果して吾が要塞、砲台其他国防上重要なるものをカメラに撮影し去つて行かなかつたであらうか?(略) 私が飛行機を操れるなら、飛んで行つてスミスを米国に帰さず、スミスの飛行機に打つかつて共に墜落して仕舞ひたかつたがと本当に考へたのであります(拍手大喝采)
十数年来、活動写真についても研究を重ね、特に米国物は大和魂をだんだんに滅ぼすものだと警告する。
大概西洋物の活動写真と言へば、財産百万弗争ひとか、ダイヤモンドの山を奪ひ合ふとか、遺産相続争ひが其の劇の筋でないものはありません。(略)米国政府の深謀遠大な日本征服の日本侵略の国家政策が含まれてゐることに気が付かねばならない。(拍手)
アメリカは映画を通じて、日本人に黄金崇拝の観念を植え付け守銭奴にし、大和魂を失はせる。まことに遠大な謀略だと脅威に感じてゐる。