桜沢如一「私がもし第二の二・二六事件を起すなら」

 桜沢如一『健康戦線の第一線に立ちて』は昭和16年6月、滋賀・大津の無双原理講究所発行。表紙の人口グラフが戦火の炎のやうに見える。
 桜沢は心身の健康がいかに大切さを力説する。健康でなければ、戦争にも負けてしまふ。病気のことを、「姿なき殺人魔」などと表現する。第一部では日独英の各種の統計を引用し、日本の不備を指摘する。
 その矛先は、殺人魔を放置してゐる日本の指導者たちにも向かふ。「敗れたるフランスの責任者が銃殺されたことを銘記せよ!」。

私がもし第二の二・二六事件を起すなら、まづ第一に西洋医学と栄養学の偶像崇拝教を国民に流布した、また、今尚しつゝある医者と指導者階級を一斉に銃殺したい!

 多数のために少数の犠牲はやむをえない、といふことよりももっと激しく、進んで健康の敵を討つべきだといふ。そもそもやられる側でなくやる側に立って考へてゐる。
 日本にはその土地に合った正しい食物を摂るといふ、「神ながらの道」があると説く。しかしこれは日本だけのものではない。ただ日本がその本家本元だといふ。伊勢の外宮にも食物の神が祀られてゐる。
 ドイツの食糧政策を紹介し、「ゲーリング脂、ゲベルス肉」といふ言葉が流行してゐるといふ。実在のゲーリングは痩せてゐて脂などない。ゲベルスは太ってゐるがその肉は食べられない。つまり食べられない、ありえない脂や肉のことを指してゐる。「肉や脂の少ないのを不平とせずに、オドケて笑つて楽しんでゐる」「ユカイなコトバではありませんか」。
 肉や脂の少ない食生活、ヒトラーの菜食主義を、好意的に捉へてゐる。

明治天皇はこのしきしまの道を現代人にさらに説き示し、生活の芸術化、宗教化、まことの道を示し給うたのであります。ヒトラアはこの神ながらの道をさらに理論化し、実行化し、科学化することに一身をさゝげ、国民亦よくその指導に従つて一死奉公の道を驀進しつゝあるのであります。ナチス・ドイツの勝利への道はヒトラア道路―神ながらの道をあくまでも、ましぐらに、ゲーリング脂とゲベルス肉とヒトラア菜食ライ麦パンで突進することです。