野依秀市「強ひられてなほ出ししぶるものは言語道断である」

 野依秀市『敢て御注意申上候』は実業之世界社、昭和7年4月発行。52頁の冊子。団琢磨井上準之助がなぜ血盟団員に暗殺されたかについて、持論を展開する。団は三井合名の理事長。金は自分で稼ぐもので他人に世話になるものではない、といふ考へだった。そして金を出し渋る態度で、野依はそれがいけなかったといふ。だいたい実業家や金持ちたちが寄付金を払はないのがよくない。

彼等は成程仕事の上では金銭を取扱ふやうな立場に置かれてゐるかも知れないが、広く人類の生活の上からいつて、学者や新聞記者、其他金銭に関係のうすい人達よりも、よりよき生活をせねばならん理屈はないのだ。
 一体寄付金は他から強られなくても、自らの意志に従つて喜捨するのが本当であり、況んや強ひられてなほ出ししぶるものは言語道断である。

 寄付を要請されても出し渋るのは言語道断だと言ってのける。
 野依は新聞社や出版社を経営してゐる。時には会社と自宅あはせて10円もないときもあるといふ。さういふ時は借金をしたりしてやりくりし、寄付をすることもある。「我々は金に対しては、トンネルだと思つてゐる。金は右から入つて、左にぬける。それでよい」。
 井上準之助血盟団員に暗殺された。野依は井上の欠点も指摘する。井上は地獄に行ったのだといふ。

斯かることを云へば、野依は生前のみならず、その人の死後まで悪口を云ふと、世人は思ふであらう。それは覚悟の前だ。とかく日本人は不徹底な所がある。いゝ加減な批評をして、一時をゴマ化す癖がある。私は少し違ふ。

その死は正に気の毒ではあるが、実は自業自得であると云ひ得る。井上君は余り人を食ひ過ぎた。嘘言は平気で吐く。白を黒と云ひ張る。そして彼の採つた経済政策はどうか。悉く失敗の歴史であつたことは、何人もこれを弁護し得まい。

 死者に鞭打ち、欠点をあげつらふ野依。しかしこれを読んだ者が気前よく寄付をしたり、態度を改めたりして、命まで失ふところを助かったかもしれない。この冊子では触れてゐないが、安田善次郎朝日平吾が労働者のためのホテルを建てるための寄付を頼んだとき、断って刺された。


・「社会をたのしくする障害者メディア」をうたふ『コトノネ』25号読む。「バラバラ経営術」に出てくる名刺制作会社は「遅刻しても大丈夫な会社」「会社が人に合わせればいい」。小見出しだけでも惹きつけられる。
 表紙には載ってゐないが、サイフクこと埼玉福祉会もしっかり6頁にわたって掲載。「図書館市場に真っ向勝負をかけた福祉施設」。図書館用具から書誌データまで、幅広く展開する。装備のフィルム貼りの記述が詳しい。会の今までと今とこれから、職員の働きぶりが丹念に描かれる。何回も読んだ。「働かなくて生活できることが、ほんとうにしあわせなのかと」(並木理事長)。