前方後円墳の造営を提案した長沢九一郎

 『氏神と人間完成』は長沢九一郎著、氏神崇敬人間完成会発行、昭和35年6月発行。正誤表付き。発行所の人間完成会は富岡八幡宮内にあった。この本は同八幡宮などで行はれた講演などをまとめたもの。長沢の写真も載ってゐる。丸眼鏡でマイクの前に立ってゐる。

 内容は神道をはじめ仏教やキリスト教も織り交ぜて、神霊や宗教、氏神を語ったもの。ユニークでありながらどこか説得力もある論旨がすばらしい。

 冒頭は宮城道雄の列車転落事故から始まる。宮城は盲目の琴の演奏家。内田百閒との交友でも知られる。その宮城が電車から落下し死亡してしまった。長沢は、これを死神の仕業だといふ。死神は神道的にいへば無縁の霊魂。これを氏神でまつることを訴へる。

私は無縁霊魂の氏神復帰、つまりルンペンの霊魂を産土の産霊神にもどし、母祖(伊勢の大神)を淵源とする郷土の氏神の懐にいだかせることを提唱したい。そしてこれらの霊を祖霊とともにまつり、かくして「不慮の穢気(えげ)」をおこすような「禍事」を封じ、「禍転じて福となる」ていの恩徳をつんでいくのである。

 カメなどに入れて納骨堂に納めるのはよくない。霊魂は死後、骨がある限り現世に執着する。早く骨を土に返すため、風呂敷や木箱で葬るべきである。

 葬り方の一案として、共同式の前方後円墳をつくることを提案する。

この墳墓円を神社本庁が指導し、これを各都市、県の神社庁の付属施設とする。そして一般庶民が軽い負担で安心して先亡祖霊の「物心一体」を氏神に祀ることができる

 高い葬儀代問題も解消できるといふ。

 現代の社会問題と神道を結びつけて考察することも特色で、環境破壊についても次のやうに解説する。

神社神道では、このマグマを神格化し、国魂神とあがめている。この神は別名「産土神」ともいわれ、郷土の氏神と一体化し、一つの神徳を発揮している。だが、消費の濫費に対しては、この神が気象現象の異変となって人をいましめ、人心の覚醒をうながすが、このことにおもいをいたす人はまことに少い。

 神社神道では、地球のマグマのことを神格化してあがめてゐる。だが物を大事にしない現代人に対し、その神様が異常気象を引き起こして警告してゐるのだといふ。

 著者の念願は、神社の本来の姿をあらはすこと。それは氏神を顕幽の間に立つ神聖な仲介場とする。死後の霊魂の浄化をはかる。そのために「人間完成六カ条」を掲げてゐる。胎教、身調べ、隠徳、氏神崇敬、祖霊祭祀、万霊供養からなる。

 胎教は聖母マリアや海外の霊媒家たちを引例し、大切さを説く。妊娠中絶の非も宗教的に論じる。陰徳は布施・愛語・利行・同事の四摂法で、仏教の教へ。

 戦後の長沢については不明な部分が多いが、托鉢をしてゐたこと、痔疾が悪化して入院したこと、その時の婦長の看護に感動したことなどが断片的につづられてゐる。女性を主題にした文章も、この経験あってのものかもしれない。