日本書紀神代巻の書写を勧める猪熊信男

 『互助』は財団法人宮内省互助会の発行。職員を対象としてゐる。昭和15年12月発行の第40号は「特輯紀元二千六百年」。回顧録では、2編寄稿してゐる時岡茂弘元宮内省翻訳官のものが興味深い。1つは「嘉永七年内侍所炎上に就いて」。父、茂承は采女の制止を振り切って進入し、神器を奉遷した。もう1つは「湖南事変の追懐」。事件を心配して各地から奉献品が寄せられ、茂弘はその目録を作るのにも多忙を極めた、などとある。
 論文では猪熊信男図書寮御用掛の「日本書紀神代巻書写の功徳」がよい。猪熊は、仏典が多数あるのに比べて、国体の尊厳を説く神書国典が非常に少ないことを憂へる。そこで「日本書紀神代巻の書写を勧誘する」。古記録には古事記もあるが、天皇を現人神としたのも、三大神勅を記したのも日本書紀の方。「吾人が日々夜々拝読せざる可からざるは此書である」。
 日本書紀講読や書写の歴史を論じるところは、猪熊の古典籍収集の趣味がよく活きてゐる。書写は単に文章を写すだけではない。読み、書き写すうちに理解が深まり、霊妙さを感じさせられる。また書写した者の奥書にも、神書の所以を伝へる重要なものがあるといふ。

神代巻の印刷覆刻もとより可なり、然し乍ら一層進んで平生神代巻を書写する事を創めては如何、仏教には刊行書籍の功徳といふものがある、果して神書国典にそれがないであらうか

 日本は言霊のさきはふ国。仏教よりも大きな功徳になるに違ひないと力説する。



 書写の歴史のところで紹介されてゐるのが、東山天皇の「紙は神に通じる」といふ言葉。常々発してゐたといふのもよいですね。





・「CANDY&CIGARETTES(1)」読む。仕事の依頼は中央線の古書店から来る。室長の部屋の床が見えて広々としてゐる。まあ本業ではなささうなので。