桜沢如一「一体ドーシタラヨイノカ!」 

 『食養』の昭和15年7月号に、桜沢如一が「夏の食物と健康」を書いてゐる。桜沢は忙しくて、30年も前から夏休みがないといふ。それでも夏が来るのは人並みに嬉しいことだった。

 ところが此の頃、新聞や雑誌やラヂオによると、ソーラ夏が来たぞ! 伝染病が来るぞ! 赤痢だ! チフスだ! 疫痢だ! 食欲がおちるぞ! 何だか身体がダルイ! そーら結核ぢやないか?……
 充分睡眠をとれ! 腹を冷やすな! 水虫や湿疹にかゝらぬ様清潔にしろ! ウガイをして扁桃腺を予防しろ! 日射病にかゝるな! 食物に注意せよ! センイの多いものはさけよ! 胃をこはすナ! ネビエをすな! 
 山へ登れ! 身体をタンレンせよ!
 ハイを殺せ! 虫にさゝれるナ!
トテモ忙しいことです。それでゐて毎年沢山の人が夏の暑さだけで参つて死んでゆきます。病気になつて死ぬ人も沢山あります。丈夫な人まで水泳中に心臓マヒを起して死ぬのがあります。下痢をしたり、熱を出したりして、楽しい夏を病院でくらす人も沢山あります。一々新聞や雑誌やラヂオや先生方の注意を気にしてゐたら、八方ニラミの立スクミで、あつい室にとぢこもつてゐるより外はありません。かと云つて折角の御注意を無にし、不注意の故にあとで後悔をしたり、取り返しのつかぬ様なことになつたりするのもバカバカしい。一体ドーシタラヨイノカ!

 ところが正食をすれば健康体で、そんな心配はいらない。「その能率の上ること、山なす事務も快刀乱麻をたつ如くまさに正宗の銘刀の如き切れ味を示してゐられるのです」「実際正食者は暑さを知らないのです」「壮快な夏の気分を満喫する幸せは正食者にだけ与へらるゝ!!! 」。桜沢の文章はビックリマークがいっぱいだ。
 
 同号には葉書アンケートで、「(1)節米についてどうお考へですか、如何に御実行ですか」「(2)健康と食物についてどうお考へですか」と聞いた回答が載ってゐる。
 (2)について津久井龍雄は「健康と食物の間に重大な関係が存するだらうことは常識でも明かですが、それを十分に究めたことはありませぬ。好きなものを好きなだけ食べて(幸小生にはきらひなものがありません)二十貫の体重を保持して殆ど無病で暮してをります」、三井甲之は「健康と食物との関係は地上に一定の空間を占有する生命と下界との関係であり、不可分であること申すまでもありません」と似たことを言ってゐる。
 岩波茂雄は「栄養不足で病気になる人よりも栄養過多で健康を害する人の方が多くはないでせうか、暴飲、暴食、美食の三B主義を排して粗食、少食、咀嚼の三S主義をとる事が国民の保健上大切と思ひます」と、識見がある。  その点、「食ひたいと思ふたものを食べ運動を適宜に行ふことが第一、食ひ度いものが食へないときは運動してお腹をすかす事第二」(吉田益三)、「すきな物は分析表以外の効能があるのでないかと思ひますすきな物をたべてゐればいゝやうです」(矢田挿雲)といふのは理解が深まってゐない。
 節米のためにパン食をしてゐるといふ回答もあるが、食養会ではパンには害があるとして、認識を改めさせようとしてゐる。巻末には京都や日本各地で販売してゐる純正食品の一覧がある。コーヒーや砂糖はいいとして、鯉こくや鮒寿司、蜂蜜も売られてゐる。