頭山翁の依頼で東トルキスタンに嫁いだ女

 『肉の砂漠』は清水正二郎著、日本週報社刊、昭和33年4月発行。手元のものは一カ月後に6版を数へてゐる。後で分かったが、清水は作家、胡桃沢耕史の本名。戦中に中央アジアを遍歴した実体験を記録したもので、筆の運び方も流石だ。
 序文を海音寺潮五郎が書いてゐて、これだけでも面白い。
 清水は極度の偏食で、植物性のものが全く食べられない。口に入れても吐いたり痙攣したりしてしまふ。肉しか食べられないが、当時の一般家庭では肉だけ食べてゐることはできない。仕方がないから豚の脂を主食にしてゐた。海音寺の家でもラードをうまさうに食べたので、ラードさんと呼ばれた。
 戦争で食糧事情が悪化して、いよいよ食べるものがなくなった。学校でもいぢめられた。少年小説で、蒙古人は肉だけ食べて、野菜を口にしないことを知り、中央アジアへと旅立つ。
 蒙古人は旅人に妻を貸す風習がある。肉食のためか、清水はその風習に従ふ能力をあちこちで発揮してゆく。日本が嫌ひなので日本人との接触を避ける清水だが、徳王の政治顧問らしい三笠、特務機関員の岩田らと関はってしまふ。
 清水が現地の人から聞いたこととして、頭山翁が東トルキスタンに少女を嫁がせる話が出てくる。明記されてゐないが、昭和13年5月といふから、今の東京ジャーミイの開堂式のことと思はれる。頭山翁が扉を開いたのち、イエメンやサウジアラビアの国王らが続いた。その場にゐた唯一の振袖姿の女性、由利(仮名)が、カシュガルの教主、ザビドーラに嫁ぐことになる。
 頭山翁は由利の父に、

「健康で美しい日本の娘を、あの東トルキスタン独立運動の志士、ザビドーラのもとへ嫁がせたい。そして、独立運動を蔭ながら援助すると共に、あの中央アジアの広大な地域を、日本の血を継ぐ人間に治めさせたい。明治以来の日本の望みである、アジアの共営を、人間の面でもやりとげたいのだ」

 と話してゐる。これはどこかのテレビ局で調べてほしい。