堀川辰吉郎「百万円寄越せ」

 『力之日本』昭和12年10月号は支那事変特集。
 まづ広告に怪しいものが多い。エジソンが使ったといふ健脳機「メモリ・バンド」は脳を二倍三倍に使へる。田螺の黒焼きも猿の頭の黒焼きも狐の舌もある。それぞれ淋病、脳病、痛風患者に喜ばれてゐるといふ。
 経済雑誌だが半分くらゐは一般の読み物が載ってゐる。月野道雄「現代猛婦列伝」は、水ノ江滝子の姉の晦日初枝がターキーファンをうまく取りさばいてゐるといふ話。和泉初樹「霊魂の通力」は内外戦場の幽霊譚。片岡貢は「ハマの秘密室」。安藤盛が南支那の娼婦を描いた中篇小説「朱泥」もある。
 利根登と言ふ人が「法廷で争ふ百万円事件」を書いてゐる。見出しの左右に「〝先代との契約だ寄越せ〟〝そんな要求には応じられぬ〟二代目乾新兵衛と昭和の天一坊」とある。この昭和天一坊が堀川辰吉郎。現代では物凄い人物のやうに伝へられてゐるが、ここでは金持ちに取り入って詐欺や騙取を繰返す人物に描かれてゐる。
 「怪物的存在」「敏腕家」「昭和の天一坊」だといふ。 

政友会総裁鈴木喜三郎氏が、往年国粋会の名誉総裁当時、その理事として宣伝部長を務めてゐたが、そもそも彼の姉寺田すが子さんは、鳩山一郎氏の岳父寺田栄氏の令弟寺田房吉氏の夫人であり、そんな関係で堀川氏は、鈴木氏とは遠縁に当つてゐるのだ。こゝが要するに、新兵衛翁に喰ひ込んで行つたところ

 鈴木喜三郎と鳩山一郎は親戚。すると堀川と鳩山元首相も親戚なのか…。
 
 金融王の乾新兵衛に気に入られた堀川は、満洲工作のために1000万円やろうと言はれたが、結局100万円の証書を書いて渡された。
 これを知った乾の家族が大阪地方検事局に、詐欺で告発した。この件では乾自身が詐欺ではないと堀川のために弁明、釈放されてゐる。
 ところが警視庁に怪文書が届き、他の件で乾、鈴木喜三郎、飛州木材専務の平野増吉、奉天の榊原農場の榊原政雄、小磯国昭関東軍参謀、蒙古の王様などに絡む詐欺や金銭問題が次々に浮上。東京控訴院で執行猶予付き懲役一年六ヶ月といふ判決が出た。
 
 鈴木喜三郎や鳩山一郎と遠縁といふのが本当なら、その微妙な間柄で詐欺を働いたのであらう。それぞれの事件では数万円の金額が動いている。
 
 今も昔もあるところにはあるのだなあ。