永田美那子を占った上田霊光

 面白くて、頁を繰るのが惜しくなるほどだった。
 『女傑一代』(毎日新聞社、昭和43年8月)は永田美那子の半生記。万朝報の女性従軍記者第一号で、陸軍省つはもの新聞班嘱託として渡満。それだけでなく軍の諜報活動に従事し、生死の境を何度も潜り抜けた。最前線では銃弾の飛び交う中にも居て、女でなければできぬやうな介抱もした。
 上京後、新聞広告を見て採用されたのが『日本及日本人』を発行する政教社のお茶汲みで、月給50円。社長の五百木良三にかはいがられた。五百木から紹介されたのがつはもの新聞班。
 アパートは神田のピーコックハウスといひ、隣室の西條八十にも気に入られたが、その関係を誤解された朝鮮芸妓に襲撃される。
 万朝報も月給50円で、従軍誓約書に血判志願した。男も顔負けの気風と行動力だ。ただ血書は指を傷付けるだけでいいのを知らず、動脈を切って大騒ぎになってしまふが。
 その後に満洲事変が発生した。

 やった。始まった。号外だ。
 私は作文も詩も、ピーコック・ハウスも梅ケ枝町のこともみんな忘れて、満州の火の手を見にいきたい一心の野次馬になってしまった。
 時は今だ。従軍記者だ。万朝報へ飛んだ。社長はどこだ? 血書はどこだ?

 従軍の許可を得た永田が陸軍省から勧められて運勢をみてもらったのが、あの上田霊光。

 教えられたとおり、麻布霊南坂の上田霊光なる黒紋付の羽織に袴の易者殿に会いにいった。
「あなたのご運勢は、西へ西へと進みなさい。日本にいたら、あなたはクサリます。西へ行けば、苦しいが幸運をつかみ、一生の土台になります」
「西とおっしゃると、九州あたりですか?」
「もっと西へ」

 永田は行く先々で、軍の将星たちと関はりを持つ。 
満洲では川島芳子に間違はれたり、同姓の永田鉄山との関係を疑はれる。
板垣征四郎の妹として諜報活動を行ひ、命令は河本大作から受けた。河本の言葉が恐ろしい。

君はただの従軍記者ではないはずだ。軍の機密を知り、軍の奥座敷のカラクリを知った以上は、築城設計の大工と同じ運命にあるということぐらい君も知っているだろう。

 永田がかう言はれるのにも理由があった。渡満直後、参謀本部陸軍省から次のやうな質問を受けて、承知してゐたからだ。

一、すべてを忘れることができるか。
一、いざという場合、毒と知っても食うことができるか。
一、バカになり通せるか。

 勿論永田は忘れることなく、この本を書き残した。