同盟通信から情報を買った西本願寺

 『最後の特高警察』(白川書院、昭和48年2月)は、京都で特高警察をしてゐた銅銀松雄の著。「小説ドキューメンタリー」「自叙伝であり、小説」とあり、帯には「今だから話せる特高警察の真相」とある。
 大本の出口宇智麿との奇縁、同志社のデントン女史強制送還阻止などドラマチックな内容で、会話部分の詳細が多少脚色されてゐても、大筋は事実と読める。
 後半は戦時下の、京都の宗教事件あれこれ。
 サイパン陥落直後、その情報をキャッチした西本願寺が追悼法要を営むことにした。しかも当時は珍しい混声合唱のコーラスを取り入れようとしたので、大学の配属将校に批判された。だいたいサイパン陥落は極秘で、その将校さへ知らなかった。事実を知った将校から、今度は軍機漏洩で、西本願寺憲兵から取り調べを受けることになった。
 そもそもなぜ西本願寺サイパン陥落を知ってゐたのか。

 西本願寺がバク大な通信料を同盟通信に払って情報を買っていることは周知の事実だったし、関係学校生にコーラスの手配をしたこと、軍機漏洩(えい)の筋道までわかっている。戦後、同盟は現在の共同通信時事通信電通の三つにわかれたように、当時その三方面の業務を取り扱っており、したがって、新聞だけでなく、官公庁や民間団体の企業にもニュース・サービスをしていた。けれども、おおかたは専門ニュースが中心で、マル秘電まではいる報道用の情報を買っていた民間団体は、この西本願寺のほかあまりなく、それらのリストはすべてはこちら(特高課)にあがっていて、厳重にチェックしていた。

 戦時下の賀川豊彦の鬼畜米英論も出てくる。米国人は囚人の子孫といふ論でまともなものではないけれども、著者の銅銀は賀川の立場に同情する。

わたしはもちろん、賀川豊彦が本気でそんな悪罵(ば)をあびせているとは思わない。また賀川個人に対する権力の圧迫にたえかねて、そういう、あられもない叫び声をあげたとも思わない。戦時下におけるキリスト者全体の立場をおもんばかったとき、なりふりかまっておれないところまで来ていたのであろう。そうして、自分をけがすことで、この日本に“敵性宗教”たるキリスト教の種子を温存することができれば、いつの日か、芽もふくときがあろうと、断腸の思いで権力の道化を演じたはずである。

 そのほか、既成教団の典礼、古典で国体に反するものを「善処」するやう指令が出て教行信証が問題になったり、特高幹部が炭運びに動員されたりと、当時の混乱振りが描かれてゐる。