お役人の猿芝居―高野隆文『祖先祭祀概論』

 高野隆文『祖先祭祀概論』は昭和8年4月15日謄写、同20日発行。宣揚社が発行した100頁足らずの講演録。
 題名からの予想を裏切り、祖先祭祀が如何に神社から遠いものかを講述したもの。そのために、十年二十年と論じても気違ひ扱ひ、異端者扱ひされてきたといふ。

 その批判は官僚神道、現在では一般に国家神道といはれてゐるものに及んでゐる。内務省神道とも表現し、現下の神社は皆是に侵されてゐるといふ。「奥羽では米が出来なかった、それを大神命の恩頼によってどっさり出来たなんて、何一つ出来てゐないのをまるで虚言を奏上してゐる」。神社は皆違ふのに、役人は印刷した祝詞で奏上する。

 

各県庁あたりのお役人が来て祝詞を奏上して沢山のお役人があっちこっちで猿芝居をやります。嘘では[な]い実際猿芝居です。お祭の本義も何もありません。(略)奉幣使が芸者と酒を呑んで、ひちぐるってそして参拝し祝詞を奏上して少しも疚しいと思ってゐる者が少ない。

代議士が悪いといふて呪ふても駄目で、其の代議士を帝国議会に送る民衆が悪くては困る。その困る議員を選挙したのは一般民衆ではありませんか。神主がどうとか役所がどうの内務省がと云っても一般民衆が祭祀の本義に徹底して行けば神主さんの魂が醒めて来る。うんと睨んで御覧なさい。神主はぶるぶるっと震へ上って終ふ。

 戦後にいはゆる国家神道批判が起こったけれども是はどうも次元が違って、官僚的な、形式的な神道を批判してゐる。「随時参拝」もこれと同断の現象であったのではと思ふ。