傘と北村兼子とKさんの商売

 暖かったり寒かったり晴れたり雨が降ったりしてゐる。
 『民衆の法律』は大阪市の民衆の法律社発行。手元のものは大正14年8月号。新聞記事を法律的に解説した記事が面白い。全国の主要新聞全部に目を通し、「最も新しい、最も面白い、最も実益のあるものを選択して居る」とある。
 「大胆なニセ医者の手術」は、ヒステリーの婦人を治すと言って、ニセ医者が死んだ猿や兎の卵巣を植え付けた事件。生きた猿のなら良いやうな書き方をしてゐる。
 大阪朝日新聞記者で若くして亡くなった北村兼子は「Kさんの商売」を書いてゐる。Kさんは北村の近所に住んでゐる人。子供には好々爺ぶりを発揮し、雨の時は北村に傘を貸さうとしてくれたこともあった。北村がある会社の株主総会に行くと、会場の正面にKさんが居た。

議事は進行んだ。彼は猛然として立上つて重役の不信任を手痛く攻撃した。其言論は非を横車で押し通してゐる痕は明らかに看取せられたが、雄弁と其意勢とは重役にとつては痛棒たるを失はなかつた。

 Kさんは今で言ふ総会屋、当時で言ふ会社屋・活劇党・会社ゴロであったのだ。法律に詳しい北村から見れば、Kさんに全く道理はない。「学問の遊戯に過ぎない」。北村の発言もあって株主側が勝利すると、Kさんは暴力を振はうとした。
 それでも北村はKさんを恐れず、却って同情する。生きるために仕方なくやってゐるのだといふ。そして会社ゴロの実例や受け取る金額、法律的な問題などを解説してゐる。どういふ統計だらうか、大阪だけで1000人以上のゴロが居るといふ。
 
 同じ号に、知人が北村を訪問するといふ短文がある。この無署名子はなぜか北村を異常に恐れる。

訪問記者の使名[命]も何もかもオジヤンにして逃げ帰つて来た。恐ろしきかな女史の腕!眼!

 眼はわかるが腕はなんだらう。身振り手振りからして恐ろしい雰囲気なんだらうか。恐ろしさの感じ方は人それぞれだ。















































 ・『サイゾー』の「戦前ニッポンのヤバい小説」といふ記事がヤバい。夢野久作国枝史郎の本の写真が違ってゐる。ヤバい。橘外男の本の書名が『獄地魔艶』になってゐる。書影を見ると「獄地魔艶」と書いてあり、それをそのまま写してゐる。ヤバい。戦前の小説は文章や風俗が現代と違ふといふ人文系の教授のコメント。現代の学生にとっては「敷居が高い」と話してゐる。ヤバい。