秩父宮殿下にサソリ百匹を御覧に入れた寺田文次郎

 福書房の『往診鞄』(竹村猛児著)巻末広告では武野藤介編になってゐた『ホルモン談義』。昭和30年7月に世に出たのは『ほるもん随筆』(妙義出版株式会社)。寺田文次郎の単著。表紙は狸が露天風呂に入ってゐる図柄で、粋人粋筆ものめいてゐる。
 序文は著者と同級の林髞、推薦の言葉は宮田重雄。著者は慶応医学部卒、満洲医大教授、日大歯学部教授。ほるもんといふのは焼き肉のホルモンでなしに、男性ホルモン女性ホルモンのこと。
 目次には「リビドーを高めるには」「老衰の追放」などがある。著者の体験談として、「満洲の車中ですばらしい美人が死んでいるのを車掌が発見した」なぞ折々満洲の話が出てくる。
 昭和5年、陸軍大学の学生だった秩父宮殿下を、当時満洲医大助教授だった著者が、久保田晴光教授に代って満洲独特の漢薬について御説明申し上げることになった。これがどうも一風変ってゐる。
 

 教室には満洲で掘り起こしたマンモスの大きな骨を第一番にかざった。それから人のしゃれこうべ、これを霊天蓋といって薬になるし、さらに馬糞石といって馬や羊の腸にできる結石も大きいのでならべた。またさそり(蝎)は生きたのを百疋くらい砂を入れたガラスの容器に入れて、がさがさはわせたものをならべ、それから乾したものを全蝎(ゼンカツ)といって売っているがこれを二つならべた。

 救心丸、六神丸の原料になるセンソ、センソの液を出す生きたガマも並べた。狼の糞も並べた。この中の小骨を酒樽に入れてその酒を飲むと酒嫌ひになるといふ。…うん、まあ。


 寺田はサソリをガラス棒で脅かして、刺すさまを御覧に入れた。殿下は書物の上でしか御覧でないであらうサソリに大変興味をお示しになられた。サソリ酒が精力剤になり、大変珍重されてゐると御説明申し上げたところ、「いったい今までの説明は、あれは科学的な根拠があるのか」と御下問になられた。

 かういふ御視察も御公務であった。しかしサソリは100匹も必要であったのであらうか。