新年度なので新しい抱負を持ちたい。星製薬の標語では「親切第一」が有名だが、星一は一時、「任務断行」を掲げ、機関紙も発行した。
『任務断行』は星製薬の任務断行期成団によるもの。「任務断行」の語が随所にちりばめられ、星製薬関連の記事や広告が紙面を埋めてゐる。1部5銭で毎月15日発行。手元にあるのは昭和9年2月15日発行の第3号で4頁建て。新聞のわりに紙質は厚くしっかりしてゐる。頭山翁の題字がすばらしい。
1面には満洲国皇帝即位を伝へる記事と皇帝夫妻の写真が載る。星一の原稿、見出しに「妥協は悪魔の声 子孫の住む此の世を美しく致しましよう」。小さく「悪い人も此世に必要」。当時の星の人間観、主張がはっきり表はれてゐて興味深い。杉山茂丸に会ったあと現れたのが星製薬を破産させた芝義太郎。芝は「妥協の用意がある」といふが、星は断固拒絶する。
「悪魔は妥協と云ふ、妥協は破滅だ
我々は神を信じ、神の命令の協力を遵奉し、任務を断行し、永遠の生命を求めるのだ。
君の如き悪人もこの世に必要だ悪人があるから同情心が此世に保存されるのた。社会の必要人として取扱つて行くだけのことだ。
我々は神の本体たる進歩の為めに、子孫の住む此世を美しくすることに専心奮闘すればよいのである。
星は神を信じ、そのために努力を惜しまない。その神の本体とは進歩である。だから悪魔とは妥協しない、神が悪魔と妥協することなどありえない。しかし悪魔に唆された悪人といふのも必要である。悪と闘ふところに進歩があり、同情する心がある――。大要、そのやうな論を披露してゐる。悪といふものは必要だが、絶対にそれと妥協することはない。子孫といふのが星親一(新一)といふのを知ってゐるだけにいろいろな読み方ができる。
紙上には「任務断行」にちなんだ談話や文章が載ってゐる。内田良平は「任務断行即浪人道」、杉山は「満蒙開発に奮起せよ」の中で、「我日本帝国の大陸政策の任務を果されんことを」と呼びかける。
漫画では満州人を従へた日本人がアメリカ人を地球から蹴散らしてゐる。顔はへのへのもへじでユーモラス。その下には「正義必勝!協力一致!」「日本は世界的に任務断行の亀鑑たれ!」とあるやうに、満洲建国を受けて、日本の任務の重大性を呼びかける。2面の見出しも「日満ブロツクを完成 東洋楽土の建設へ」「これ亜細亜の盟主たる我日本国民の任務だ」と、任務を強調する。
黒龍澗人とあるから内田によると思はれるが、「足利尊氏を礼讃する大臣の出でければ」の詞書で和歌が3首。そのうちの一つに「尊氏が名を久魔吉と改めて昭和の御代に現はれにけり」。中島久万吉商工大臣のことを久魔吉と非難、ここにも魔がゐる。さういへば杉山の本も『百魔』だ。