「トーシ」「マーヅ」に聞こえる萩原朔太郎

 『清和』は東京横浜電鉄株式会社目黒蒲田電鉄株式会社清和倶楽部の刊行。昭和14年8月号が第六巻第八号。この号に変はった座談会が載ってゐる。「車掌・駅員の喚呼を批判する音声文化座談会」。出席者は石川錬次・服部嘉香・原田君代・服部龍太郎・千葉勉・萩原朔太郎・笠間杲雄・上司小剣・田中令三・内藤濯・中根宏・呉泰次郎・福田正夫・荒川修一郎・佐藤惣之助・佐々木精次郎・鈴木鉦一・妹尾韶夫・石井五郎・布利秋・小林正司。司会者は吉本明光・照井瓔三。
 駅員のアナウンスや駅名の呼び方をテーマにした座談会。世界旅行家の布利秋は

 私は元来耳が悪いものですから例へば新大久保ですな、あれが「シンボボー」「シンボボー」と聞えて来る。

内藤濯

「カクエキテイシヤ」、なんといふ固い言葉でせう。(略)口を捏ねるやうな言葉、あゝいふものを柔らかい言葉に代へる所に我々の言葉を改善する動機があるのぢやないかと考へてゐる。(略)もう少し本当の日本語があるのぢやないか、(略)「各駅停車」といふのも「どの駅にも停まります」と匡せばいゝあれはおれは恐らく「どの駅にも停まります」といふ事をなるべく簡単に言はうといふ動機から来てゐるのぢやないかと思ひます。(略)もう一遍申します。「各駅停車」は今日限り、今夜からでも、「どの駅にも停まります」とやつて頂きたい。

 内藤は、フランス語は音楽的なのに日本人は音痴なので、各駅停車なんぞといふ嫌な言葉を使ふと言ふ。とにかく各駅停車を毛嫌いする。
 
 萩原朔太郎

汽車に乗って旅行する時に、一番困るのは駅名がさつぱり分らないことです。「豊橋」とか「国府津」とか云ひますが、どうもちつとも分らない。例へば「豊橋」、私には「トーシ」と聴える。「沼津」は「マーヅ」といふ風に聴えて、皆同じに聴えて困る。(略)一つ一つきつちり言つたら、よく分るのぢやないかと思ふ。「豊橋」にしても「ト、ヨ、ハ、シ」といへば、よく分ると思ふですがね。