発禁予防相談所を開業した川口警部

『春秋』(春秋書院)は表紙に政治・経済・思想・文芸とあるやうに、評論や随筆がとりとめもなく収録されてゐる。1巻8号の昭和2年11月号に、プロレタリア作家の山田清三郎による「漫談四題」が載ってゐる。
 ここで触れられてゐるのが発禁予防相談所といふ奇抜な商売。開業したのは、もと警視庁検閲課の川口警部。『文芸戦線』を編集してゐた山田に向かって、「少し気をつけなければいかんぢやないか」などと注意をし、偉さうにしてゐた。その川口警部が退職し、発禁の危険を予防するための相談所を開いたのだといふ。「何か御用はありませんか」などと口調も態度も豹変した。新聞報道によると、高額な手数料にもかかはらずかなり繁盛してゐるのだといふ。発禁になるとそれほど打撃が大きかったといふことだらうが、人も商売も怪しくて素敵。
 同号には当時流行ってゐた葉書回答もあり、「一、さし当り改善したいこと二つ 二、秋の思ひ出一つ」について諸家が回答してゐる。津久井龍雄は「一、検閲制度を今より十倍も峻厳にし愚にもつかない玩物喪志的言論の横行を徹底的に弾遏し去ること当世の急務なり」。十倍は予算か人員か内容か。加藤玄智は「一、(略)洋装せる少女のスカートの余りに短く太股のあらはに見ゆるもの、止めまほし」。風俗壊乱がお気に召さなかったやうだ。日本大学講師の吉田九郎は「風紀以外、刊行物取締の絶対的撤廃(思想言論の自由)。西洋映画の絶対輸入禁止。カフエーの閉鎖、少くとも『西洋酒厳禁』」とある。思想や言論の自由は尊重し、西洋文化は取り締まるといふことか、なかなか複雑だ。杉浦翠子は「婦人雑誌といふものが無くなればよい」。
 短歌欄には、川柳で有名な阪井久良岐が蒲生君平を祭る長歌と短歌を寄せる。長歌からところどころ引くと「…神随 貴き国の 国柄を 思ひ忘れつ くなたぶれ 醜(しこ)の痴男(しれお)か 筆に口に 物言ひをする 此様も 我も嘆けば 痩蛙 力足らずも …志厚かる人と 魂祭り …五月雨の 雨にそぼちて 称へ言 大人に申すを 世を嘆く 涙雨とも 正きくは聞け」。「くなたぶれ」は愚か者。宣長もよく使った。 短歌の一つに「国を挙げて夷狄の人となれる世に大和心の光り輝く」。ただの川柳人でなく、尊皇心のある御仁とは知らなかった。