「世の異教者と偽仏教者を駆逐せしめん」‐鹿毛信盛の『真仏教軍』

 京都・博議社の『経世博議』第9号は明治24年9月25日発行。発行兼編輯人岩尾昌弘。仏教全般の雑誌で、短いけれど真仏教軍発足の記事が目に留まった。

真仏教軍

九州の筑後に誕生せんとす、其発起者は貴族院議員鹿毛信盛氏外十有余名なり、而して其期する所は国民の徳性を涵養し、真仏教の真光輝を顕揚し、以て世の異教者と偽仏教者を駆逐せしめ、真、善、美の三者を活達発育せしむるにあり、吾人豈に大杯を挙げて此出軍を祝せざるべけんや、然れども真仏教軍の前途は、山又山、川又川、実に遼遠にして知るべからず、是を以て吾人は吾人の良友なる真仏教軍が号を重ね月を経るに従ひ、愈よ盛運に赴かんことを希望するのみ

 巻頭には『真仏教軍』第壱号の目次が載ってゐる。10月1日発行で定価五銭。「宗教と政治家」(中西牛郎)、「偶像」(大内青巒)、「仏教興廃の蹟」(織田得能)、「真仏教軍の出陣を餞す」(加藤熊一郎)なぞがある。ユニークなのは目次の項目に「中軍」「遊軍」「前軍」「後軍」とあって、軍事式になってゐる。「前軍」は真仏教軍への要望、「遊軍」は仏教以外の記事といふふうにまとめてある。救世軍に対抗してかうしたのであらうか。目次の後に「我真仏教軍は布衣無爵の真仏教徒が世の異教者と偽仏教者を駆逐圧倒し真仏教徒の真光輝を顕揚せんことを期する」「発行所 福岡県筑後国御井郡金嶋村 真仏教会」。

 この会が特に好戦的だったのか、それとも当時の平均的な仏教徒だったのか。『経世博議』には次のやうな記事もある。

済洲島事件


元来朝鮮の我を侮る一朝一夕に非ず、我政府に対し我人民に対し、無礼を加へたること殆んど枚挙に遑あらず這般朝鮮済洲島に於て島民の為に、我が漁民若干名暴殺されたりと云ふは明白の事実なるが如し、(略)我日本人民は決して軽侮すべき国民に非ることを天下に告白して、其罪を問はずんばあるべからず、敢て事の小なるを以て之を軽視すること勿れ