「娑婆でも読んで頂きたい」‐徳富蘇峰と大杉栄夫妻

 『蘇峯会誌』は、徳富蘇峰を慕ふ人たちが集ふ蘇峰会の機関誌。何冊も発行されてゐるが、昭和五年の第二輯はハードカバーで書籍みたやうになってゐる。蘇峰会会長は上田万年。巻末の名簿には幹事として51人の姓名が載ってゐる。山室軍平・後藤武夫・柴田徳次郎・松崎天民平福百穂・杉村廣太郎の名もある。各地に支部を作ってゐる。3月23日には鹿子木員信の提議により福岡支部が結成されてゐる。支部長は松本福岡県知事。
 2月11日に青山会館で開催された、蘇峰会の発会式の講演も収録されてゐる。蘇峰の熱心な読者には、ある傾向があるといふ。

 此の夫婦は当時逗子に住んで居りました。私も逗子に居りまして、よく汽車で乗り合せた。誰も大杉夫婦に話しかける人は無い。彼等も亦た車中で何か警戒して居る様な風である。其横には刑事らしい人がちやんと附いて居る。私も考へた。同じ日本人だ。話だけは差支へない。都合が好ければ彼も我が主義になるかも知れない。話をしてやらうと、それで私の方から立つて行つて『御見掛すれば貴君は大杉さんらしくある。私は徳富と云ふ者である。少し話さうではないか』と云つた、所が大変喜んだ。奥さんの野枝さんも傍らから『徳富先生は私もよく知つて居ります。先生の御宅の側には饅頭屋があつて、其家へ私は饅頭を買ひに行くから、よく貴君の所も知つて居ります。」と云ふ訳で、段々話をして居る内に野枝女史が申しまするには、『先生には私は非常に感謝して居る』『何を感謝して居るか』『貴君の御書きになつた御本が非常に私共に利益を与へる』『それは私も大変結構な話だと思ふが、然しどう云ふ訳ですか』『皆な私共の仲間が牢に参ります時には、牢の中で寂しくて堪へられない。大概の本は直きに読んで了ふが、先生のは読みでがある。見て居つても尽きない。それでもう何時も先生の本を差入れてやります』斯う云ふ事を私に申しました。そこで私は『どうぞ出来る事ならば貴君方も、娑婆でも読んで頂きたい』(笑声)と云つた訳であつた。然るに最近或る有力なる政党の或る有力なる政治家が或る事で或る所へ入つた。(笑声)そして其処から私に手紙を呉れた。『今君の本を読んで大いに興味を感じて居る』さう云ふ手紙を呉れた。私はそれを貰つて涙の出る程嬉しかつた。それからもう一つは、或る有力なる貴族院議員が――是は直接私には話さないけれども、新聞で、同じ所で私の歴史を読んだと云ふ事である。(笑声)それで少なくとも、或る場合或る場所では読まれて居る。(笑声)どうか出来得るならば、どうかもう少し何所でも読んで頂き度いのであります。(拍手)

 大家だからといって尊大なところもなく、自分から夫妻に話しかけてゐる。それにしても蘇峰本人が「欠伸製造機かもしれない」と云って居るその著作。「或る所」では集中して読めるのが不思議。何故か娑婆では読み進められない人も多からうと言ふのであらう、のちに平泉澄が『近世日本国民史』の案内書をものしてゐる。