野間清治「『思想善導』たゞ四字であります」

 『野間会設立につき 全日本の人々に告ぐ』は昭和7年5月26日に帝国ホテルで行われた、野間会発会式の様子などを記録した冊子。野間会は野間清治の信念を世に広め、思想を善導し、社会を浄化し、皇国の隆昌を図り、新興日本を建設するのだといふ。
 野間の信念は、その著書『処世の道』から抜粋したものを掲げてゐる。

 神既に我の裡におはします。これに斎き奉る我は、我の邪なる心を去り、我の曇り汚れたる行を雪いで、(略)その極致に至つては、人にして神たることを得るといふ愉快なる希望までも従つて出づるであらう。

 人の心の中には神がゐる。努力すれば神になれる。そこまで至らなくとも、神に守られてゐるといふ安心を得ることができる。このことを野間会会長の井上源之丞は野間道と表現してゐる。
 野間会の発会式には鳩山一郎徳富蘇峰ら300余名が出席。蘇峰は野間の事業を私設文部省だと褒める。上田万年は、野間と社員の関係は西郷隆盛と子弟との関係のやうだと持ち上げる。菊池寛は、子供にも野間の名前はよく知られてゐるといふ。小久保喜七は野間の皇室中心主義を称揚する。
 野間の謝辞は全文が載ってゐる。

 日本の現在は実に容易ならん時に際会してゐるのであります。子にして親に反く者、弟にして兄を犯す者。夫婦相和せず、朋友相信ぜず、到る処浅ましき状態を現出して居るのであります。

 引用部分は教育勅語を引っ繰り返した、逆教育勅語そのもの。戦後の国会決議を待たずとも、既に昭和7年の時点で逆教育勅語状態だった。実践してゐる人などゐなかった。
 思想善導が急務だと強調し、これこそ急所であり要訣である、これに全力を注がねばならないといふ。野間は「日本国民全体は今何処に道徳の規準を求めたらよいのでありませうか」と嘆く。「悪思想の伝播力は疫病よりも速い」「不景気も思想に基因する」「『思想善導』たゞ四字であります」と聴衆に訴へた。