武藤貞一「社交ダンスは点火された爆発物だ」

 戦前、大阪朝日の天声人語を書いて文名高かった武藤貞一。担当してきた長谷川如是閑、永井瓢斎の後を継いだ。某書に、はっきりした物言ひが人気の理由だったとあってへえと思ってゐたら、その武藤の「女性は解放されつゝありや」(『大成』(新政社、昭和9年12月号)を見つけた。

いはゆる社交ダンスの氾濫である。社交ダンスは点火された爆発物だ、今や帝都を初め全国を席捲するの勢ひを示して居る。
 現在警視庁は東京に八ヶ所の舞踏場を許可して居るが、これが取締を緩めたが最後、恐らくたちどころにダンスホールは倍加するであらうし、前に述べたカフヱは忽ち横浜風のキヤバレーに早変りするであらう。現に銀座の大資本のカフヱでは、中央を踊り場に設計して建築し、椅子さへ取払へば何時でもキヤバレーになる用意を整へて、その日を待構へてゐる有様だ。

 武藤の見るところ、カフェとキャバレーとダンスホールが繋がってゐる。「カフヱの流行は一つの時代相を形造つたほどであり、全国都鄙を通じて、如何に社会悪を助長したか計り知れない」「カフヱの流行は世の男性をも堕落させた」。女性が社会進出したといっても女給ばかり、それで男女とも不幸な結果になったといふ。ダンスホールの害悪はもっと直接的である。

ダンスは100パーセントの肉感的遊戯である。ダンスほど精神的なものを伴はないものはない。なぜなれば、ダンスは肉体的条件がピツタリ合はねば面白くないからである。身長の条件に先づ約束される。元来ダンスとい[ふ]ものを全く予期しない時代に結婚して家庭を持ち、さてダンスなる流行に感染したが最後妻はその夫以外の多くの男性に抱擁されて、真に肉体的にシツクリ合ふ男性を発見した場合、先づ目につくのは、今まで曾つて感じなかつた夫への冷たい批判である。

 かうやって社会を観察して問題を指摘し、警鐘を鳴らす行文により、武藤は天声人語に抜擢されたのでせう。

(武藤貞一の)天声人語を毎回読んだり、(武藤貞一の)天声人語を毎回書き写したりすればさういふ文章力が身につくことでせう。

極暑の候でも男性は、糸より細いその首にネクタイを締めつけて、ひたすらお行儀よくするのに反し、殆ど半裸体で大道を闊歩するものは女性である。

ともあるが、モガはそんなだったのでせうか。