万歳か弥栄か‐後藤武夫と筧克彦

 『萬歳を嵩呼せよ』は20頁に満たない小冊子。昭和2年四月一日の発行。著者の後藤武夫は発行元の日本魂社社長と言ふよりも、帝国データバンクの創業者として名を残してゐる。
 後藤は日本青少年団研究会会長も務めた。事の起こりは其の少年団の日本連盟諸規程にある。「イヤサカ」(弥栄)の思想は日本最古の思想であり、又永久不退転の意義込を意味する発声である」とし、皇室や国家に対して祝賀を表するときは、万歳を排して弥栄を三唱するよう記された。これは筧克彦の信奉者により宣伝された。
 その主張によれば、万歳では初めにバで口を開いてイで口を小さくする。末が狭まる濁音である。イヤサカならば末広がりであり清音である。
 また万歳では単に千の十倍である。これでは天壌無窮にそぐはない。
 それに万歳は支那由来の語であるが弥栄は日本古来のやまとことばである。
 これに対し万歳説は、バンザイの方が強い発声に響く。
 また万歳は帝国憲法発布の際に用いられた。万歳を冷笑するものは不謹慎である。
 万歳が千の十倍といふのは文字に捉はれた読み方で、まるで子供だ。
 なにより現在万歳が浸透してゐるのにその呼称を否定しては、児童の動揺も大きい。
 来年予定されてゐるご即位式の登極令にも万歳を唱へるやう明記されてゐる云々…。

 後藤は万歳説に与した。
 
 明治の精神に殉ずる者と、明治の精神を超えようとする者との対立であったといふのは的外れであらうか。明後日は明治天皇百年祭。