井上頼圀「だれがやったことになろうといいじゃないかね」

『広池博士の四人の師(小川含章 井上頼圀 佐藤誠実 穂積陳重)』(尾崎秀人著、広池学園事業部発行)読了。
 広池千九郎との繋がりは意外に少なく、各人の伝記として成立してゐる。350頁以上あるけれども、難しい言葉もなく平易な文章なので、中高生でも読めると思ふ。頼圀の孫の井上頼寿に聞き取りをするなどして、焼き直しではないオリヂナルな内容。
 学者ばかりなので、切った張ったの立ち回りとか、大事件との関はりは殆どない。小川含章の章で桜田門外の変が描かれたが、目撃しただけで直接どうかうする訳ではない。幕末から明治の学者がどう志学したかが描かれる。伝記史料を補ふために挿入される、妻との会話や少年時代のことなどで心中が説明されてゐて良い。
 そのうち井上頼圀佐藤誠実の二人が『古事類苑』の編纂に関はってゐる。明治国学者の権田直助とか黒川真頼が出てくる。“江戸っ子学者”井上は蔵書家としても有名で、蔵書は四万巻から六万巻(p206)、七万冊から八万冊(p13)とも。その過半は写本で、塾生に写本のアルバイトを与へてゐた。内容について質問をして、よい回答者には賞与も与へた。各地無数の神社の縁起を考証したが、著者名は神社や宮司の名前にした。「だれがやったことになろうといいじゃないかね」。

学問というのは、いわばいくら掘っても掘りつくせない宝のようなものだ。学問の入口を掘りあさったものが、たまたま手に入ったものを、その無尽蔵な山のすべてであるように思いこんで有頂天になったり、鬼の首でもとったようにいいふらしたりするのでは、その男がそれだけの人間だというばかりでなく、宝の山をいつまでも埋もらせたままに終わらせてしまうだろう。
 「私は、いやしくも学問をしようという者は、“ことあげせぬ男”であってほしい、無尽蔵の山を根こそぎ掘りつくしてみようというくらいの意気ごみを持つ男であってほしい」

 最後の科白は父の井上頼正。息子は神田明神で、父の後を継いで学者になると誓った。


 佐藤は古事類苑編修長。編修方針は厳しく、編修員が古文書から転写する稿料は一枚三十銭。但し資料の信憑性が薄いものは、何日もかかったものでも原稿を削られ、稿料が出なかったと言ふ(p274)。途中で辞める者もゐたが、それだけ良いものを作らうとしてゐた。この本だけでは労働条件がわからないが、編修員も大変だったらう。
 何にせよ、ネット時代にも活用されて重畳至極。