高山彦九郎と行く知識階級地獄

『虐げられた笑』(実業之日本社、大正11年10月第1刷)は生方敏郎の滑稽小説集。ユーモアといふよりも諷刺が強く出てゐる。
 「神曲地獄篇」は高山彦九郎と共に、様々な地獄や天国を巡る話。尊皇家の側面には触れてゐないので、全国を行脚し、生方と同じ群馬出身だから登場したのだらう。
 黄金地獄には金や銅はあるが食べ物はない。古川市兵衛によく似た爺さんが出てくる。缶詰地獄には、牛肉の代はりに石ころの缶詰を戦地に送った商人が苦しめられてゐた。
 続編では地獄を考へるのが面倒になったのか、まとめて知識階級地獄の中の動物園を紹介する形になってゐる。ここでは動物ではなく人間が見世物にされてゐる。
 博士の一人として展示されてゐるのは切抜張付博士。

これは西洋人の著書、又は古人(日本人でも支那人でも)の著書の中から、所々切り抜いて、それを今御覧の通りに貼り付けて、新らしい本だかパンフレツトだかを作り、自分の名を署して、独創化し、赤の他人の研究の責任を我一身に引き受けたといふ、学問の為めには極めて献身的であり、又国家の立場から云へば外国人の発見なり創見なりを窃取するのであるから、誠に軍閥官僚魂の発現たる領土侵略の大精神と合してゐるわけです。

 この世界では侵略の功績ありとして尊敬されてゐる。
 新聞記者の説明書にはかうある。

彼の肩が非常に痩せこけて居るのは、その記事に対して何等重き責任を荷ふに堪へぬ事を示すものだ。見よ、彼の両手は変形し二本の尾と成つて居る。その右の尾は資本家の前に振るの役目を為し、又左の尾は労働者の前に振るの役目を為す。その性質は度量狭く、己より富み且権勢ある者を見ては非常に妬む。

 その仲間に実業雑誌記者がある。

高価なる広告の註文を得る事に依り生活の途を立て、而かも口には常に正義人道、デモクラシー、普通選挙、何でも流行のお題目を唱へる動物。

 坊主も地獄に落ちてゐる。しかし本人は「別に之といふ程の悪い事はしませんでした」。

人の死ぬのを生活のたつきとして、檀家の頭数を数へて楽しみ、自分にも分らないお経を上げて、お布施を頂戴し、昭代の有難さには、酒も飲み、肉を啖ひ、偶には待合へも入り、利子の高い方へお金を貸したり、利回りの好い株を買つたり

 葬式を上げさうな檀家の数を数へたり、金を貸したりするのは、坊主なら誰でもやってゐること。

 「家財道具戦争実記」は、家の中の鍋釜箒柄杓古新聞人形長火鉢万年筆日本刀等々が喋り出し戦争をする。「上杉憲法講義録」は上杉慎吉、「井の哲学書」は井上哲次郎だらう。
 筧古神道白紙は筧克彦博士で、拍手をうち弥栄を唱へて「お勝手道具の勝利を祝し奉る」が、包丁に斬られてしまふ。