佐々木安五郎「西洋の学問が新しいと云ふが、こっちの方が余程新しい」

 続き。漢学振興の議論では、佐々木安五郎(号は照山)も発言してゐる。大正10年3月の衆議院での審議。謎めいたドイツ人の行動から話を始める。

欧羅巴戦争が半ばなるときに、亜米利加を経て独逸に帰る独逸人があった、亜米利加人に託するに二重底の「トランク」を持って来て如何なる事があっても是は開いて見て呉れるなと言った、 

  そのうちアメリカとドイツが戦争になって、軍事上の秘密の荷物ではないかといふことになって、トランクを開けた。

武器に非ず、爆薬に非ず、爆裂弾に非ず、しかも何物が現はれたかと申しますと、日本に於ては無用の長物として、古本屋の棚に鼠の巣[糞]塗れになって居る「本草綱目」と云ふ書物が現はれ出た、 

  ドイツ人は戦争で食料が足りなくなることを予想して、食用や薬用になる植物を知るために持ち帰らうとしたのだといふ。

 佐々木の主張は、このやうに実は東洋には西洋よりも優れた学問の成果があるといって、例を幾つも挙げる。ドイツで食物の肥料に電気を応用するといふが、日本では昔から電気の電はイナヅマといひ、稲と電気との関係は旧知のことである。

 またドイツでは天然痘の撲滅に赤色光線が有効だといふことが発見されたが、これも驚くことではない、東洋では疱瘡には部屋中を赤いものにしたりしてきた。「東洋の方が先に発見して居る」。

 奈良の大仏の蓮の花弁は電気メッキで、この方法も西洋よりもはるか昔に漢文で知ってゐた。

 西洋で行はれてゐる太陽の黒点研究も、漢字の象形文字では、「日」はまん丸に点を描く。昔から太陽の黒点があることは知られてゐたのだ…。

 ドイツを引き合ひにして、東洋はそれよりも優れてゐると言ってゐる。思想についても、最近西洋で過激主義や無政府主義の主張が出てきたが、そんなものは東洋に老子荘子列子荀子と昔からある。

此頃西洋で珍しがる 所の思想問題なんかと云ふものは、東洋に於ては二千年来、三千年も昔に既に言ひ尽して居る、(拍手喝采)

  「西洋の学問が新しいと云ふが、こっちの方が余程新しい」。なほ、漢学振興と漢字制限は矛盾しない、漢字を整理した一覧表を友人の清藤幸七郎が作ってゐるところだといふ。

 佐々木の思想についての主張は、個人の奇矯なものでない。同年8月に漢学振興の根拠を示した「漢學振興に関する意見」16項目の13「外来思想を善導するは漢文學より善きは莫し」に同様のものがある。

彼のマルクスクロポトキンの所論の如きは、既に二千年前に 於て戦国時代より両晋時代に亘り、一派の学者が唱道せし者と大同小異に属し、此等の謬見たることは既に其の時代の有力なる先覚者に頼りて駁撃せられ、我が東洋の学問より視るときは殆ど厭ふべき陳腐説に過ぎず。