正木ひろしの図書館体験

 続き。正木旲(表紙・本文とも晃になってゐる)の「上野の図書館」が面白い。当時上野にあった帝国図書館は、満15歳以上でなければ入館できなかった。30年前、中学三年になった正木は待ちわびてゐた15歳になった日に出かけて行った。ところが館員は、「此処は子供は駄目だ」と言って入れてくれず、いくら15歳になったと言っても駄目であった。別の館員がいる日に友達と共に入らうとしたが、正木だけ止められた。友人が説明しても駄目であった。

 

何故私だけが入れて貰へなかつたのかは、諸君は既におわかりになつたらうと思ふが、私は自分でも認めない訳にはゆかぬ程、体が人並よりも小さかつたのである。これでも小学校の時分には、友達におだてられて路上の馬の糞もさんざん踏んでみたし首くくりのやうに永い間木の枝にぶら下つてもみたのだが、さつぱり効能はなかつたやうである。大きくなりたい、大きくなりたいとは物心がつく以前からの念願だつたが、今日ではもうあきらめることにしてしまつて居る。

 馬糞を踏むと背が伸びる俗信があったのだらうか。それはともかく正木は知恵を絞った末、区役所で戸籍謄本をもらってきて、館員に突き出した。焦ってゐたので入場券を渡すよりも早かった。相手は初めに会った人物であったが、急に微笑みらしきものを浮かべて「君は本所からくるのかね」と言って入館させてくれた。折角入ったけれども、その日は嬉しいやら何やらでじっくり本も読めず、すぐに出るわけにもいかず、ぐるぐる回って引き上げた。
 それから毎日通ひ、戸籍謄本はしわだらけになっても風呂敷包みに忍ばせてゐた。

  正木の身長は四尺九寸六分、体重十二貫五百匁とある。大体150cmであるが、五尺に満たぬのはさぞ口惜しかったことであらう。