谷井辰蔵のダンスホール全廃論

 『近きより』二巻一号、昭和13年1月号より。まさき・ひろしの言ふやう、

 

末次氏が内相になつたとて、別に之以上日本が軍国化することもないであらうが、やれネオンの色はいけないの、ダンスはいけないのと、重箱の隅を楊子でほじくる様なことはしない方がよい。緊縮は目的ではなくて手段なのだ。仏教でも難行苦行しなければ悟れない様に妄想するのを小乗仏教といつていやしまれてゐる。

これに対し谷井辰蔵判事の言ふやう、

第三ダンスホールを即時全廃する。
近きよりの正木先生は御運動がてら、たまにはダンスホールにお出かけの由を、近きよりの誌上で承つて居りますが、今後およしになつた方がよろしかろうと思ひます。日本人とても娯楽を禁止せられる訳では固よりないが、しかし日本には日本としてのそれぞれの娯楽が昔からある。好んでけだものの真似はよした方がよからう。


 谷井判事のは「内務大臣であつたら実行したいこと」の一つ。今でいふところのパチンコ全廃論のやうなものだらうか。日本精神を主張した人で、「苟くも日本人として許すべからざる事象に対しては、どしどし之れを撃滅して、事実の上に日本精神を表現しなければならぬ筈」との信念である。 ちなみに農林大臣であったら競馬法の全廃。文部大臣であったら赤化思想を吹き込む帝大の即時廃止。「実以てけしからん、こんな先生はまぎれもない非国民であることを忘れてはならない。一度征伐しても又後からぞくぞく出てくる」とご立腹である。蓑田派と関係あったのであらうか。

 実は「総理大臣であつたら」といふのが一番に出てゐて、「選挙法を根本的に改正する」と希望してゐる。谷井によれば、現行の選挙法は著しく日本精神に反してゐる。なにしろ候補者は自己の識見を発表して自分を選べといふ、あつかましいことをいふ。己が一番偉いんだから己を選べといふ。これは謙譲を美徳とする日本人の人情風俗に反する云々。

 
 鈴木啓之主催の義士祭に列席してゐる。三回目のこの年この日の義士祭は、南京城突入の夜であった。