漁師の弁当の歌をお詠みになった高松宮殿下

 『うひまなび 高松宮宣仁親王歌集』は平成12年8月発行、中央公論事業出版制作。函入り。高松宮殿下が青少年時代にお詠みになった和歌100首が収められてゐる。

 解説で出版の経緯を記してゐるのは阿川弘之正字正仮名。阿川の全集には著作目録にも年譜にも触れられてゐない。これによると自筆本が現存してゐるかどうかは不明で、学友の佃正雄が書写したものを基にしてゐる。佃は高松宮日記にも登場。殿下薨去の際に喜久子妃殿下に献納し、さらに約10年後、上木して世間に発表してほしいと希望した。佃は95歳になってゐた。妃殿下は「稚げな御作」もあるのでどうすべきかとお迷ひになったが、100部限定の自費出版、非売品で近親者たちに配ることになった。変体仮名は普通の字に改めたが、書名の「な」だけそのままにした。

 殿下満7歳から18歳まで、明治45年から大正12年までの御作。阿川はわらべうたのやうな御作風が次第に和歌らしく整ってゆくと評価してゐるが、かへってそのわらべうたのやうな御作の方に胸を打たれる。一首だけ謹載する。大正2年、「折にふれて(辨当)」の詞書がある。

わたくしはれうしのべんたう見た時に驚きましたよそのおほきさに

 「私は漁師の弁当見た時に驚きましたよその大きさに」。昼飯時にでも漁師の元をお訪ねになったのだらうか。漁師にとっては普通の日常のことなのだらうが、大きな弁当に驚きになってゐる。人の顔ぐらゐあったかもしれない。

 このやうな歌は逆立ちしても詠めない。シャッポを脱ぐしかない。覚えたので何度でも暗誦できる。2カ所のにでにっと口角が上がってしまふ。