逆木原秀男「あなたのおカネはその日から生き生きと働くことでしょう」

 『おいね殺し 商品相場の内幕』は井出英雅著、恒友出版、昭和46年5月発行。序文は高槻圭。
 乾繭や綿糸などに投機する商品相場を勧誘する手口、被害の実態をドキュメント風につづったもの。固有名詞は仮名にしたとある。冒頭「あっため奥さんを狙う」とある。これは資産を持って温存するだけの婦人たちのこと。彼女たちから商材や訪問、口車によって金を巻き上げる。損することになっても、夫や家族に知られたくない。あと幾ら出せば取り返せる、などとそそのかされて、結局大金を失ふことになってしまふ。

財産は卵にたとえられよう。うまい。固い。もろい。狙われる。

 と畳み掛ける文章がいい。
 新聞広告やパンフレット、業界紙、書籍が勧誘の第一歩。たとへば、儲かる銘柄を教えるといふ株式投資の指針誌、「日経タイムリイ」の広告を日経新聞に出す。日経新聞と関係がなくても、読者は日経に載ってゐるからと信用する。請求すると見本誌を送ってくれる。
 書籍では逆木原秀男『巨富を築く お金をふやす本』(日東スーパー商事株式会社出版部発行)を例にとる。実は「甘言をささやく単行本」だといふ。その一節が引用されてゐる。

この一冊をよめば、あなたのおカネはその日から生き生きと働くことでしょう。おカネを寝かせておくことのバカらしさがしみじみおわかりいただけるはずです。

 「いまにも聖徳太子がひらひら舞いこんでくるような気がしてくる」が、もちろん、この本を読んでもうけた人などゐない。

これら単行本のモチに足をねばりとられたものが、世に何十万何百万人いることか。

 仮名なので著者も書名も実在しないものが、このやうな書籍がおびただしく発行されたといふ。
 だます方の取引員(仲買人)たちはエンゲルスマルクスの名字と言ひ張るなど、知識があるとは言ひ難い。だまされる方も、勧誘話のほとんどを理解してゐない。ただ絶対もうかるとか、損はしないとか、信用してくださいといふ口車に乗せられて被害に遭ふ。
 いかさま広告を禁止する法令も載ってゐるが、あまり効果はなかった。