秩父宮殿下の歌を詠んだ高島平三郎

 『鴻爪録続鴻爪録』は高島平三郎著、昭和5年7月発行、発行所名なしの非売品。鴻爪録と続編を合はせたもので、ページ数は別々だが、奥付の書名は鴻爪録。

 高島は児童心理学者で、東洋大学学長も務めた。この本は洋行時の歌日記で、たまに漢詩も交じる。日々の出来事や目にしたこと、感じたことをありのままにつづる。あまり歌の巧拙を気にせず読むものだらう。汽車に荷物を忘れたが無事取り返せたとか、ライン河のうなぎを食べたとか、身の回りの話題も多い。8首の連作で、「世界徒歩旅行者山田八郎氏」を詠んだものもある。

 秩父宮殿下について、2回和歌を詠んでゐる。1回目は陪食の栄に浴したときで、11首の連作。

やごと無き皇子のうたげにつらなりて此の畏さよこの嬉しさよ

われを呼びて「あなた」と宣らす大皇子の御言葉聞けば胸をどるなり

いのちある限りは長く偲ばなむこの嬉しさを此の畏さを

 など大感激の様子。この時は学習院時代の教へ子、武者小路公共の「ふみと小箱」を殿下にたてまつってゐる。

 2回目は同船時のもので、10首の連作。船酔ひに悩む殿下を思って詠んだ。

大皇子は船に弱しと宣らすなり努な荒びそわたつみの神

風よなげ浪よ静まれ大皇子は酔ひてこやりていませるものを

代り得ば代らまほしや大皇子に吾れはも船に酔はざるものを

 殿下から直接、自身は船に弱いといふお言葉を賜った高島。海の神に向かって荒ぶるなと訴へ、平穏な海路を願ってゐる。高島は船に酔はないので、代はれるものなら代はって差し上げたい、と嘆く。殿下の身の上を案じる思ひの丈が昂じたもので、もちろん皇族の位をキユしたのではない。大忠は大逆に似たり。

 続編で高島は「太平洋十首」と題した連作を残してゐる。殿下を苦しめた太平洋。ここでは将来への不安をにじませてゐる。

よきにつけ悪しきにつけて大八島事ある時はこの海にして

静なるこの大海も浪風の立つてふことを努な忘れそ