丸山直樹「オオカミは人を襲わない」


 今日は新しい本。『オオカミ冤罪の日本史』。丸山直樹著、静岡県の一般社団法人日本オオカミ協会発行。表紙、扉などの副題は「オオカミは人を襲わない」、奥付の副題は「オオカミ人食い記録は捏造だった」。発行年月日の記載なし。あとがきの日付けは2019年10月6日。

 書名と裏表紙を見れば主張は明快、オオカミは人を襲はないと唱へ、オオカミの濡れ衣を払拭することを目的とする。

 いくつもの藩の古文書には、確かにオオカミが人を襲ったといふ狼害の記録が残ってゐる。しかしオオカミの生態を熟知する著者は「腑に落ちない」ことばかり。日本では絶滅したとされるオオカミの弁護士として、冤罪を主張する。

 その上、ではなぜそのやうな記録がされるやうになったのか、真犯人は何者か。探偵さながらに謎解きを進め、容疑者をあぶり出す。

 焦点は元禄飢饉と生類憐みの令。なぜ子供の被害が多かったのか。オオカミが罪をなすりつけられた理由を考察するさまは推理小説のやう。

 日本のオオカミ史にもなってゐて、日本人のオオカミ観の変遷を振り返る。神道ではオオカミを神使として崇め、民衆はオオカミを恐れなかった。しかし仏教ではオオカミ凶獣・害獣観がみられる。これは中国由来のもので、僧侶ら知識人が実際のオオカミを見ずに鵜呑みにしたものだと指摘する。

 日本のオオカミ復活を念願する著者。その妨げとなる「オオカミ人食い」の懸念に対して、いくつもの反論を繰り出して根気よく説得してゐる。

 事実を基にして古文書の嘘を暴く過程が小気味よい。書物や古文書を鵜呑みにする古今の知識人批判にもなってゐる。 「民俗学愛好者にありがちな古文書信奉者」を批判し、「歴史文書はそのまま信じてはならない!」と訴へる。疑ふことを勧め、さまざまな思考を促す好著。

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