杉本清作『通俗宣伝 犯罪と予防』は昭和3年7月、警眼社発行。警察関係の本を出してゐたところ。書名の通り、一般に向けて、事例を挙げて防犯の大切さを説いたもの。
火付け・窃盗・強盗・詐欺・恐喝・横領・誘拐・不良少年の各章がある。防火や防盗は分かるが、恐喝や誘拐の対処法まで載せてゐるのが出色だ。各節の終はりに標語を三つ掲げて、覚えやすいやうに工夫されてゐる。
保証金詐欺の節では、著者自信が騙された体験を述べる。写字生募集の貼紙を見て応募。口入屋には紹介料50銭払った。紹介されたのは神田美崎町の審美書院竹紫会だった。渡辺大九郎と名乗る、眉目清秀、美髯の紳士が規則書など解説したあと、保証人2名か保証金3円が必要だといふ。上京したばかりの杉本は保証金を払ひ、小説を写す仕事を請け負った。
ところがまもなく、事務所を移転したといふ通知があり、元の場所に行ってみると老婆が対応。渡辺はただの同居人で、どこに行ったか知らないといふ。もちろん保証金は返ってこないし仕事の報酬ももらへなかった。標語には「取る人の身元も怪し保証人」とある。
新聞広告のクイズやクロスワードなども詐欺を目的にするものがあるので、安易に応募してはならないといふ。
恐喝の中に、暴力団員もある。
或は赤化を防止するとかしないといか、又は国体国粋を守るとか守らぬとか、やれ何々団、何々会、何々同盟等々々枚挙に遑まない位である。此等の団体員は多くは腕力的に政治に関与し、行政に干渉して国体の尊厳を擁護し、国粋を保存し、正義を維持して民衆を指導し弱者を援けると云ふ看板は体裁がよいが、時々暴力に訴へて時の法制を無視して官憲を蔑ろにしたり、恐喝的行為を為すが如き者がある
「会社荒し」の標語には「あちらこちらの銀行会社ゆすつて飯喰ふ会社ごろ」「永き日や小半日居る物ゆすり」がある。この句は巧い。
悪徳記者と新聞批判のところでは、「誇大はおろか詐欺の広告でも一定の料金さへ払へば無遠慮に依頼者の提灯を持つ」。
記事も読者を迷はせる。
時に極端なる人身攻撃には無智半解の多血青年を駆つて要路の大官を刺さしむることがある。春秋の筆法を以てせば、新聞紙総理大臣を殺すと言ひ得るのである。
そもそも新聞さへなければ、暗殺者は発生しないと言ひたげだ。
悪徳記者には、記者と偽る者も、本物の記者もゐる。「只其職業柄此種行為を為すのに便利な三百代言、探偵業者、新聞記者等からは勢ひ悪徳者を出し易いのである」。標語にいわく「本業は詐欺かゆすりか不徳記者」「ヒント捉へてさも精し気に人の弱味をゆする記者」。
不良少年の章では、軟派に対する硬派にだけ、「所謂硬派」と表記する。硬派の方が後でできたのであらう。